2024年12月22日(日)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2011年11月28日

 インド在住の日本人エコノミストは「即効性は期待できないが、アジアで先進国日本と、巨大市場を持つ新興国インドがEPAを結んだ意味は大きい」と評価した。インド経済は中東や欧米、中国と深いつながりを持つ。インドと韓国の包括的経済連携協定は既に10年初めに発効。家電分野などでは韓国の存在感が大きい。日印EPAが周回遅れの日本が巻き返す「起爆剤」になればという考え方だ。

 ただ、在インド日本大使館の担当者は「インド経済のリスクと課題」として①高インフレ②インフラの未整備③土地・労働者問題を挙げる。欧州危機の影響で成長スピードも減速してきた。企業は賃金の安さや巨大市場だけに目を奪われず、リスクとリターンを総体的、長期的に見通し、インドに最適化した進出計画を練る必要があろう。

IT人材と教育重視 一方で自殺者も増加中

 数学の「0」の概念は6世紀ごろ、インドで生まれたという説がある。コンピューターで使う2進法も「0」と「1」が基本。日本の九九は1桁の掛け算だが、インドの学校では2桁の掛け算を教え、IT産業成功の陰には数学レベルの高さがあると言われる。

 代表的なIT企業、ウィプロ本社(バンガロール)で「インドはなぜITに強いのか」という質問をぶつけてみた。

 日本担当のビジネス開発計画部長シャムスンデル・ナタラジャン氏は「有望なIT分野へ進ませようと、親は子供の数学教育に力を入れる。大学の理工系進学を目指す高校生も多い」と説明した。数学に強いインドの伝統というよりも、子供の成功を願う教育熱心な親たちの影響が大きいというのだ。

 ナタラジャン氏は続けて「1980年代、インドのIT業界が急成長した理由は欧米に比べて人件費が半分くらいと安かったから。インド人は、サービス提供は上手だが、新製品の開発はまだまだ。これからは自分たちで新製品を開発しなければならない」と謙虚に自らを分析してみせた。インド人が英語(準公用語)に堪能なことも、欧米のIT企業とうまく連携できた要因だろう。

 「インドでは英語がきちんと話せないと出世できない。当校では3歳から英語を教え、全授業を英語で行う。卒業後、米英の大学に進学できる学力をつけさせます」。ニューデリー郊外の私立校ベンカテシャワル・グローバル学校の女性校長カブタ・ソニさん(52)は教育方針を紹介し、胸を張った。

 同校は実業家や医師、弁護士の子弟が多い超エリート校で、幼稚園から高3までの一貫教育を行う。入学金や学費、通学バス代を含む初年度納入金約13万ルピー(約21万円)は、高卒工員の年収に相当する額だ。

 「技術者になりたい」「僕は建築家」「私は教師に」。中学2年生のクラスで数学の授業を見学した。パソコンや大型プロジェクターなど最先端の機器を使って、真剣な授業が行われていた。青いシャツに紺色のネクタイというしゃれた制服に身を包んだ生徒たちはみんな育ちがよく、まじめそうだ。

 ただ、教育熱心なお国柄だけに生徒や学生が受けるプレッシャーも大きい。インド政府の統計によれば、2010年の全インドの自殺者は13万4599人(06年比14%増)。うち生徒や学生は7379人、同26%増で、1日平均20人の学生が自殺したことになる。生徒や学生の自殺の動機は「病苦」「家族関係」と並んで「試験に失敗」が多い。教育関係者の間では、受験偏重の詰め込み教育を改めるべきだとの声が強まっている。

スラムの犬と百万長者

 ムンバイでは、09年に米アカデミー賞8部門を制覇した映画「スラムドッグ$ミリオネア」の舞台となったスラム街ダラビを取材した。映画は貧困や犯罪組織、宗教対立などインドの現実を浮き彫りにした作品で、スラム出身の若者たちの愛と知恵、勇気が大きな感動を誘った。


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