2024年5月2日(木)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2011年11月28日

 現地ガイドによると、ダラビは約1.7平方キロの土地に推計100万人の貧困層が居住する超過密地帯で、平均約10平方メートルの部屋に4、5人が暮らす。スラムには、プラスチックや缶のリサイクル、染め物、皮なめしなどの「地場産業」があり、出稼ぎ農民らが1日10時間で約100ルピー(約165円)という低賃金で長時間働く。薬品や下水の異臭が漂う職場は、エアコンや換気設備もない劣悪な環境。飲料水の供給も十分ではなく、トイレも不足し、下痢を伴う病気にかかる人も多いという。

 一方、ムンバイの住宅地には、世界でも有数の大富豪の「自宅」として建設された27階建の高層ビルが「インディアン・ドリーム」を誇示するようにそびえていた。総工費は推定10億ドル(約780億円)。建物の中には映画館やプール、ヘリポートまでが備わっており、数人の家族のために数百人の雇員が働く。スラム街の貧しい人々の暮らしを思えば、気が遠くなるのほどの格差だ。社会の安定のためには、スラムドッグとミリオネアの差を縮める「富の再分配」が不可欠であろう。

 ちょうど3年前の08年11月、このムンバイでは、イスラム過激派による同時テロが発生し、外国人26人(うち日本人1人)を含む165人が死亡、304人が負傷した。武装集団10人は高級ホテルや鉄道駅、カフェなどを襲撃。インド政府は実行犯がパキスタン内の指導者の指示を受けていたと批判し、両国関係は悪化した。

 今回も空港のほか、ホテルやオフィスビル、地下鉄駅など至る所で厳しいボディ・チェックを受けた。今年9月にも首都中心部でイスラム過激派によるとみられる爆弾テロが起き、13人が死亡した。インドでは、宗教対立や貧富の格差を背景として、テロが頻発しており、いかにしてテロを防止し治安を維持するかが、政府の重要課題となっている。

安全保障でも日印協力を

 09年2月にインドで行われた世論調査(オピニオン・リーダー約2000人が回答)によると、「重要なパートナーは」①米国48%②ロシア30%③日本14%④中国3%⑤英国2%――の順だった。日印関係については、76%が「良好」と答え、94%が「日本企業の進出を歓迎する」と回答し、インド人の親日ぶりを反映した。

 インドのクリシュナ外相は10月下旬に来日して玄葉光一郎外相と会談。両外相は東京電力福島第一原発事故を受けて中断した両国の原子力協定締結交渉を推進することで一致。レアアースの共同開発も確認した。中国の海洋進出を念頭に「南シナ海の安全保障問題に関するルールづくりが必要」との認識でも一致、クリシュナ氏はインド海軍と日本の海上自衛隊の共同演習も提案した。

 11月、インドネシア・バリ島で開かれた東アジアサミット(EAS)では、中国とASEAN諸国の一部が領土・領海を争う南シナ海の安全保障が主要議題となった。インドのシン首相は中国の温家宝首相と会談し、この問題について「領有権は国際法や国際慣習に基づいて解決するべきだ」と述べた。ベトナムやフィリピンなどASEAN側への支持を鮮明にし、中国を強くけん制した発言だ。

 インドと中国は1962年に国境紛争を起こしている。また、インド北部ダラムサラには、中国と対立するチベット亡命政権が存在、中印間には歴史的に根深い対立がある。

 一方、中国はインドの宿敵パキスタンと軍事、原子力分野での関係を強化。中東からの原油輸送路を確保するため、スリランカやバングラディシュなどの港湾建設を支援する「真珠の首飾り」戦略を展開。インドは中国が「包囲網」を構築していると危機感を強めており、今回は東アジアサミットで中国に対して反撃に乗り出した形だ。

 日本の安全保障は日米同盟を基軸にすることが当面の現実的な選択であろうが、アジアのもう一つの大国インドとの戦略関係を強化することで、中国を覇権主義ではなく国際協調の方向へ導くことができるのではないか。インドも中国やパキスタンに対抗するため、日米両国との関係強化を望む。12月、野田佳彦首相は中国を訪問、続いてインドを訪れる方向で調整中だ。来年は日中国交正常化40周年であり、日印国交樹立60周年。日本にとって、中国とインドはともに重要であり、日本は中印双方との関係を強化していくべきだ。バランスを考えれば、当面はインドとの経済・安全保障面の関係強化により力を注ぐべきではないか。 

◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信中国総局記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
森保裕氏(共同通信論説委員兼編集委員)、岡本隆司氏(京都府立大学准教授)
三宅康之氏(関西学院大学教授)、阿古智子氏(早稲田大学准教授)
◆更新 : 毎週月曜、水曜

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