2024年7月16日(火)

知っているようで知らない、知っておくべき電力問題

2024年7月16日

 2024年の夏は10年に1度の酷暑と言われており、エアコンの使用などによる電気代の上昇が懸念されていたため、政府は8月から電気代・ガス代の補助金を一時的に再開する予定だが、場当たり的な政策に国民からの批判の声も聞かれる。日本が本当に国際的な競争力をもった電気料金を実現するためには、電力政策の早急な見直しが必要となる。本記事では、知っておくべき電気にまつわる知識を、さまざまな角度から解説する。
*本記事は『間違いだらけの電力問題』(山本隆三、ウェッジ)の一部を抜粋したものです。
(Anna Reshetnikova/gettyimages)

シーメンス、テスラ、ウエスティングハウス……
電気に関わる企業に名を残す

 人類は、電気の存在については静電気、稲妻により古くから知っていたと思われる。米国の独立宣言の起草委員の一人として知られるベンジャミン・フランクリンが、1752年に雷が鳴る中凧を上げ雷雲の帯電を証明したが、電気の利用までは至らなかった。その後、現在の電気に関係する企業に名を残す多くの人たちが電気に係ることになる。

 ヴェルナー・フォン・ジーメンス(英語ではシーメンスと呼ばれる)はドイツの電機メーカを創業した。米国の発電事業を発展させたニコラ・テスラは、電気自動車(EV)を製造するテスラとニコラの社名になっているが、両社ともテスラ個人との関係はない。ジョージ・ウエスティングハウスは、かつて東芝の子会社だったこともある原子力発電設備などの企業の創業者だ。トーマス・エジソンが作ったエジソン・エレクトリック・ライトから発展したのは総合電機メーカGEだ。電力会社コン・エジソンもエジソンが作った企業だ。

 1832年にフランス人のヒポライト・ピクシーが、初歩的な手回し発電機を世界で初めて作った。1867年頃には、ほぼ同時にドイツ人のジーメンスと英国のチャールズ・ホイートストンが、自励式発電機を製造している。1870年にベルギー人ゼノブ・グラムが安定的に直流を発電する発電機を製造し、電気を実用的に利用することが可能になった。街中ではガス灯に代わりアーク灯が利用されるようになるが、まぶしいため屋内での使用に適さなかった。

世界初の商業発電所は
今のNYの金融街に

 発明王エジソンは室内で使用可能な寿命も実用に耐える白熱電球を1879年に発明する。フィラメントに京都の竹が利用されたのは有名な話だ。電球の需要が作り出され、電力を供給すれば事業が成立することになった。エジソンは世界で初めての電力事業を始めた。

ニューヨーク、マンハッタン・パール街に建設された世界初の商業発電所(出所: IEEE Global History Network and Consolidated Edison Company of New York)

 1882年9月にニューヨーク・マンハッタン島の南部パール・ストリートに世界発の商業発電所が建設され運転を始めた。パール・ストリートは自由の女神像が設置されているリバティー島へのフェリーが発着するバッテリーパークからブルックリン橋まで北東に伸びる通りだ。今の金融街に発電所があったことになる。石油が商業的に利用される以前であり、燃料は石炭だった。その後、コロラド州などで水力発電所が開発された。

 今発電所で作られる電気は交流(AC)だが、パール・ストリート発電所の作る電気は直流(DC)だった。直流と交流をめぐっては、エジソンと元部下のテスラの間で論争と競争が繰り広げられた。テスラは1856年にクロアチアで生まれ、オーストリア・グラーツ大学で数学と物理学を学び、チェコ・プラハ大学で哲学を学んだ。1882年にパリのコンチネンタル・エジソンで直流プラントの補修の仕事に就く。2年後に米国に渡りエジソンの元で仕事を始めた。


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