2024年12月22日(日)

現場搾取社会を変えよう

2024年7月2日

 5月30日、関東一円に電力を供給する送電線網の一画をなす千葉県八千代市の工事現場では、4基の鉄塔の間を結ぶ1170メートルの電線を張り替える「架線工事」が行われていた。

高所作業の様子。「風よりも雪のときが大変です。寒さで鉄塔が凍り、手が張り付いてしまいます」(山下直輝さん)(SKYTECH)

 架線工事を簡単に言うと、鉄塔と鉄塔を結ぶ古い電線にワイヤーロープをつなぎ替え、新しい電線へと張り替えつつ、電線が決められた高さになるように適切な張力に調整していく作業である。これを担うのが架線電工、通称「ラインマン」である。

 私たちの日常生活に必要不可欠な電気は、ラインマンの活躍により供給されている。上空150メートルを職場とすることもある彼らの仕事に迫った。

 「入社前は、鉄塔に昇る仕事だとは思っていませんでした。研修で高さ30メートルの鉄塔に昇ると聞いたときは正直怖かったです」と話すのは架線工事を専門とするスカイテック(東京都港区)の田中駿さん。入社8年目の27歳だ。「今日の鉄塔の高さは60~70メートルです。8年目ですからもう慣れましたよ」と話す。

田中駿さんは、全国各地の出張先でおいしい食事に出会うこともラインマンの仕事の魅力だという。「長期間にわたる工事が終了して通電したときに、達成感を覚えます」(WEDGE、以下同)

 田中さんが最も大切な技能として挙げるのは、「コミュニケーション力」だ。鉄塔の上と地上で無線を通じて滞りなく作業するには、密な連携が必要だ。また、工期が数カ月にわたるため、現場近くのホテルや旅館に長期間宿泊するのが業界の慣例である。「学生時代の部活動の合宿のような雰囲気を楽しめる人にとって、この仕事は天職だと思います」と田中さんは話す。

 ラインマンの仕事場は北海道から九州まで日本全国だ。日本には約24万基の鉄塔があり、多くは山の中に隠れるように建っている。田中さんが北海道の現場を担当した際には、鉄塔近くまでの道路がなく、クマよけの鈴を片手に1時間以上山登りをして工事現場に向かったこともあった。「目の前でヒグマを見たときは本当にびっくりしました」と田中さんは振り返る。

 街中の現場では、鉄塔の下を通る小学生に「頑張って」と言われることもある。「僕たちを見てくれているんだな、と感じられてうれしいですね」。

 ラインマンは上空で何をしているのか。入社19年目の山下直輝さんによると、「ひもを縛る、ものを落とさず受け渡しする、ねじを緩め締める、という地上なら誰でもできるような作業です。でも、それを高さ100メートル超、手の置き場がないところで、太くても直径約5センチメートルの電線一本にまたがりながら行います。慣れるまでには時間がかかります」と話す。

入社19年目の山下直輝さん

 山下さんが最も大変な作業として挙げるのは「鉄塔の昇り降り」だ。ほとんどの鉄塔には昇降機がついておらず、重さ約20キログラムの安全帯を着用し自力で昇る現場が多い。「150メートルの鉄塔を昇るには30分程度かかります。それだけで疲れますね」と話す。

 命綱を装着するとはいえ、鉄塔の上や電線から落下すると大事故につながる可能性がある。「決められたルールを徹底すれば安全は担保できる。声を掛け合うことが重要です。ラインマンの仕事は人々のライフラインを支える仕事です。僕たちがいなかったら国民の日常生活が成り立ちません」と強調する一方、「工事現場の多くは郊外です。一般の人にとって、ラインマンの存在が意識されることが少ないのはもどかしい」とつぶやく。

 コロナ禍ではこんなこともあった。

 ラインマンは一班15~30人程度で活動し、前述の通り全国各地に長期間滞在する。新型コロナの感染拡大初期には、県境をまたいだ人の移動がよしとされていなかったため、「どうして県外から大人数の集団がくるのか」を訝しがられた。旅館やホテルから宿泊を拒否されることもあったという。


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