2024年7月16日(火)

BBC News

2024年7月16日

マイク・ウェンドリング、BBCニュース

「私は『ネバー・トランプ(トランプは絶対だめだ)』派だ。彼を好きになったことは一度もない」

「なんてばかなやつなんだ」

「非難されるべき人物だ」

これらはJ・D・ヴァンス氏が2016年、インタビューやツイッターで述べた言葉だ。この年、同氏は回顧録「ヒルビリー・エレジー」の出版で一躍有名になった。

同じ年、ヴァンス氏はフェイスブックで仲間に向けて私的に、「トランプは皮肉屋のろくでなしだ。(中略)またはアメリカのヒトラーだ」と書いた。

その数年後、ヴァンス氏はトランプ前大統領の強固な支持者に変身した。

ヴァンス氏はオハイオ州選出の上院議員で現在1期目。その彼が今や、副大統領候補として、トランプ前大統領の隣にいる。議会での保守的な投票行動と、中西部にルーツをもつことから、共和党は大統領選挙で多くの票を呼び込むと期待している。ヴァンス氏が副大統領候補になったということは、2028年大統領選における共和党の早期の有力候補になったということでもある。

実際のところ、ヴァンス氏はこれまでたびたび変貌を遂げてきた。では、どのようにして、厳しい生い立ちから米政治の最高レベルへと上り詰めたのだろうか。

回顧録で一躍有名に

ヴァンス氏はオハイオ州ミドルタウンで生まれ、「ジェイムズ・デイヴィッド・ボウマン」と名付けられた。母親は依存症に苦しみ、父親はヴァンス氏がまだ幼児のとき家を去った。

ヴァンス氏は「マモー」と呼ぶ祖母と「パポー」と呼ぶ祖父に育てられた。この祖父母については、「ヒルビリー・エレジー」で好意的に描いている。

ミドルタウンは「ラストベルト」と呼ばれるオハイオ州の街だが、ヴァンス氏は家族のルーツについて、少し南にある「アパラチア」(深南部から中西部工業地帯の端にかけて広がる広大な山地の内陸部で、国内最貧地域も存在する地方)と密接な関係があるとしている。

ヴァンス氏は回顧録で、家族や友人らの試練、苦難、まずい判断などを正直に描いた。また、明確に保守的な見解も示した。家族や友人らを慢性的な浪費家だとし、福祉に依存し、自力でやっていくのにほとんど失敗していると書いた。

さらに、アパラチアの住民らについて、「ひどい状況に対して最悪の方法で対処している」とし、「社会の腐敗にあらがうのではなく、それを助長する文化」の産物だと記した。

そして、「真実とはつらいものだ」、「丘陵地帯の人々にとって最もつらい真実は、その人たちが自らについて語らなければならないものだ」と書いた。

ヴァンス氏は「エリート」や排他的な社会に対する軽蔑を表現する一方で、自らについては、生育期に周囲にいた人々の慢性的な失敗とは対照的な存在として描いた。

回顧録が出版されたころ、ヴァンス氏はミドルタウンから遠く離れていた。郷里を出たあと、まず海兵隊に入り、イラクに派遣された。その後、オハイオ州立大学とイェール大学ロースクールで学び、カリフォルニア州でベンチャーキャピタリストとして働いた。

「ヒルビリー・エレジー」によって、ヴァンス氏はベストセラー作家の仲間入りを果たしただけでなく、トランプ前大統領が白人労働者階級の有権者にうける理由を説明するコメンテーターとして、メディアに頻繁に呼ばれるようになった。

そうしたときには、当時、共和党の大統領候補だったトランプ前大統領を必ずといっていいほど批判した。

2016年10月のインタビューでは、「この選挙は、特に白人労働者階級に対して、マイナスの影響を及ぼしていると思う」と発言。

「他の誰かを責める口実を与えている。メキシコからの移民、中国との貿易、民主党のエリート、その他のいろいろだ」と述べていた。

ベンチャーキャピタルから政界へ

ヴァンス氏は2017年にオハイオ州に戻り、ベンチャーキャピタルでの仕事を続けた。イェール大学で知り合った妻ウシャ・チルクリ・ヴァンス氏との間には、3人の子ども(ユアン、ヴィヴェク、ミラベルの各氏)がいる。

ウシャ・ヴァンス氏はインド系移民の子どもで、カリフォルニア州サンディエゴで育つなど、夫とはバックグラウンドが大きく異なる。イェール大学には学部から通い、英ケンブリッジ大学で修士号を取得した。ロースクールを終えた後は、連邦最高裁のジョン・ロバーツ長官の事務官を務め、現在は弁護士を務めている。

J・D・ヴァンス氏の名前は、かなり前から政治家の候補として取り沙汰されていた。2022年の上院選でオハイオ州のロブ・ポートマン上院議員(共和党)が再選を目指さないと決断したことを受け、選挙に打って出た。

選挙運動は当初、遅々としたものだったが、元上司でシリコンヴァレーの有力者ピーター・ティール氏から1000万ドル(約15億8000万円)の寄付を受けたことで弾みがついた。しかし、共和党色が濃さを増すオハイオ州で、当選への真のハードルとなったのは、過去のトランプ前大統領批判だった。

ヴァンス氏はそれらの発言について謝罪するとともに、関係を修復し、トランプ前大統領の支持を得ることに成功した。同州では共和党トップの存在となり、上院選で当選も果たした。

その過程でヴァンス氏は、「Make America Great Again(アメリカを再び偉大にしよう、MAGA)」政治の世界でどんどん重要な人物となっていった。トランプ前大統領の政策には、ほぼ完全に賛同している。

各種問題での立場は

ヴァンス氏は上院で、保守派らしい投票行動を示してきた。ポピュリスト的な経済政策を支持し、ウクライナ支援に最も懐疑的な人物の一人となった。

上院議員としての経歴が短いことや、上院は民主党が多数派を握っていることなどから、ヴァンス氏は提出した法案をほとんど前に進められず、政策を変えるよりもメッセージを送る意味合いのほうが強かった。

ここ数カ月では、イスラエルのガザでの戦争に抗議する野営や抗議活動が行われている大学や、不法移民を雇用している大学に関して、連邦政府の資金拠出を差し止める法案を提出した。

3月には、中国が国際貿易法に従わなれば、アメリカの資本市場から排除するという法案を提出した。

先日の全国保守主義会議での演説では、これらのテーマをすべて取り上げ、「アメリカの民主主義にとって真の脅威は、アメリカの有権者が移民を減らすよう投票し続け、政治家が見返りを増やし続けていることだ」と強調した。

ヴァンス氏は、「アメリカン・ドリーム」を「自分が故郷と呼ぶ国で、自分と家族のために良い生活を築くことができるはずだという非常に基本的な考え方」だと定義したうえで、それが「左派によって包囲されている」と述べた。

また、アメリカのウクライナへの関与については、「はっきりした結論や、達成に近づいている目的すらない」とした。

この会議ではさらに、ヴァンス氏はイギリスについて、移民のせいで「あまりうまくいっていない」と発言。労働党政権の下で、核爆弾を持つ「最初の真のイスラム主義国」になったと主張した。

ヴァンス氏は2019年にカトリック教徒としての洗礼を受けた。これまで、妊娠15週以降の中絶を全国的に可能とすることへの支持を表明してきたが、最近は、この問題は州が決めることだとするトランプ前大統領の見解に賛同している。

「ヒトラー発言」が最初に報道された2022年、ヴァンス氏の広報担当はそれを争わず、発言内容はもはや同氏の見解を示すものではないとした。

共和党員(とその他の人々)の反応

ヴァンス氏が15日にミルウォーキーの党大会の会場に入ると、大きな拍手が送られた。同氏はオハイオ州の代表団に歩み寄ると、その光景に圧倒された表情を見せた。そして、紹介を受けながら、代表団の人々と自撮りした。

オハイオ州北東部のポーテージ郡で党委員長を務めるアマンダ・サフクール代議員は、ヴァンス氏について、「貧しい生い立ちの若者だ」、「多くの人が見た目が彼(トランプ前大統領)に似ていると思うだろう」と話した。

ヴァンス氏はまた、13日のトランプ前大統領の暗殺未遂事件を受け、民主党が選挙戦で使ってきた言葉を指弾した最初の共和党幹部の一人でもある。

ヴァンス氏は銃撃の数時間後にXに、「バイデン陣営の大前提は、ドナルド・トランプ大統領が権威主義的なファシストであり、何としても阻止されなければならないということだ」、「その言葉がトランプ大統領の暗殺未遂に直結した」と投稿した。

バイデン大統領は15日、ヴァンス氏を「トランプのクローン」だとコメント。今後の選挙運動で、民主党側が同氏をどのように描いていくつもりなのかうかがわせた。

(英語記事 JD Vance once criticised Trump. Now he's his running mate

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/clly1r601rqo


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