西北欧で食す鹿肉とトナカイ肉
海外生活の長い私には、どうしても「鹿肉=高級食材」という固定概念がつきまとう。フランス料理をはじめ、鹿肉はヨーロッパでは貴族の伝統高級料理として古くから定着してきた。フランス語の「ジビエ」とは、狩猟の獲物である野生鳥獣を食材として利用することを指す。狩猟は上流貴族の嗜みとして行われ、中世のヨーロッパでは貴族が領地で獲ったジビエ肉は、優雅な宴で賓客に振舞う高級料理として重宝されてきた。
フランスを中心としたヨーロッパの高級食材店に行くと、精肉売場のショーケースには、キジや野ウサギ、イノシシなどが並べられているが、中でも鹿肉は横綱級の高級品として扱われている。
フランスなどの西欧諸国だけでなく、北欧へ行っても鹿肉はやはり高級料理である。数年前、ノルウェーのフィヨルド旅行の帰りに同国南西部のベルゲンという街に立ち寄った。ベルゲン滞在中の夕食は2日連続、港のすぐ傍にある「Bryggeloftet & Stuena(ブリッゲロフテ・ステューエナ)」というレストランに予約を入れた。
1910年オープン、100歳を超える老舗レストランである。近海で獲れた魚介類や北欧特産のジビエを供し、連日満席で行列をなしている名店である。2食分の献立としては、鯨肉の燻製カルパッチョ風、季節の魚貝のフリカッセ(フレンチ風煮込み)と蒸しザリガニのシャンパンクリームソース仕立て、ベルゲン名物のバカラオ(Bacalao)と干ダラのトマト煮込み、アンコウの胡椒風味仕立てズッキーニ添えといったもの以外に、肉料理でどうしても食べたかったのは、トナカイ肉。この店には、「トナカイのヒレ肉、野菜とレッドオニオン、チャツネ添え」という料理がある。
人生初の食体験。トナカイは頑丈な体格をしているだけに、肉も硬いだろうという先入観を持っていた。しかし、一口食べてみると、印象ががらりと変わった。軟らかい、臭みがまったくない。味は上等な赤身牛肉に似ているが、牛肉よりも野性味があって熱とエネルギーをもらえる。北の大地で氷雪を凌ぐにはこれ以上の食材はあるまい。
トナカイはシカ科で、その名前はアイヌ語の「Tunakkay」に由来する。司馬江漢の『春波楼筆記』には、間宮林蔵が樺太探検の話の中で、「唐太の地に、トナカヒと云ふ獣あり」と記されていることから、江戸時代に「トナカイ」の称呼が伝わったと言われている。和名の「馴鹿(じゅんろく)」とは、「飼いならされた鹿」を意味する。地理的に考えると、エゾ鹿は北海道の山林に生息しているのに対して、トナカイはより北方の氷原に棲んでいることになる。
門外漢としてトナカイとエゾ鹿の生物学的関連性を探求する立場にはない。ただ食材として両者の類似性、あるいは商業的ポテンシャルに興味をもった。ヨーロッパでは1皿4000~5000円もするトナカイ料理や鹿肉料理だが、北海道のエゾ鹿は日本国内でその半分以下の安値で売られている。あまりにももったいない。