保守派は「ロウ判決」を覆したい?
ロウ判決は中絶を合衆国憲法から導かれる女性の権利と位置づけたものの、その権利の行使を制限したり困難にしたりすることは可能だった。例えば1976年には、低所得者向けの医療保険であるメディケイドについて、緊急性のない中絶処置に対する支出を認めないとするハイド修正が認められた。それ以後も、医療保険制度改革に際して中絶費用に対する公金の支出を禁じたり、医療従事者が宗教的な理由に基づいて中絶手術を拒否する権利を有することを認めさせたりしようとした。
また、連邦最高裁判所も、1992年の判例では、女性が中絶する権利を認めつつも、時期に基づく三分法を否定し、胎児を保護しようとする州政府の利益をより重視するようになった。そのため、中絶に批判的な世論が強い州では、例えば、中絶手術を受けるまでの間に待機期間を設けて中絶以外の方法があるという情報を伝えることを義務付けてみたり、父親の承諾を中絶手術の要件にしようとしたり、中絶を希望する人が未成年の場合は親や裁判所の承認を得ることを要件としたりすることで、人工妊娠中絶を実施困難にしようと試みるようになった。
このような流れの中で、例えばオハイオ州やジョージア州では、胎児の心音が確認できるようになってからの中絶を禁止する心音法案を可決している。それは妊娠5~6週を過ぎた頃からだとされているが、その段階では女性が妊娠に気づいていないこともあるという。妊娠が医学的に確認できる時点以降の中絶を禁止しようとする今回のアラバマの法律は、それをさらに押し進めるものである。
もっとも、中絶反対派も、強姦と近親相姦に基づく望まぬ妊娠については例外として中絶を容認してよいと考える人が多い。例えば福音派のテレビ伝道師で1988年の大統領選挙で共和党候補となることを目指していたパット・ロバートソンは、今回のアラバマの法律を極端に過ぎると批判している。
だが、キリスト教徒連合の初代事務局長で、現在、信仰と自由連合の代表を務めるラルフ・リードは、この法律に対する支持を表明している。このような立場の人々は、急進的な州法の是非を巡って訴訟が提起されて、連邦最高裁判所がそれを採り上げるならば、連邦最高裁判所が保守的な性格を強めていることもあり、中絶を容認するロウ判決の考え方を覆すことができるのではないかと考えているのである。
トランプ政権下で増える保守派判事
アメリカでは、連邦の裁判所の判事は、大統領が指名し、連邦議会上院が承認することによって任命される。これは連邦最高裁判所に限られるのではなく、第一審を担う連邦地方裁判所、第二審を担う控訴裁判所についても同様である。
トランプ政権下では、保守的な人物が連邦裁判所の判事に指名されるようになっている。例えば、トランプが連邦裁判所判事に指名した人物のうち20名以上が、ここ数カ月の上院司法委員会の公聴会で、人種分離政策を違憲とした1954年のブラウン判決についての見解を明らかにするのを拒否している。公民権運動のきっかけを作ったブラウン判決の重要性を否定する者はほとんど存在しないと思われるが、仮にその判例について見解を述べると、ロウ判決を含む個別の判例に対する立場が問われることとなり、際限がなくなるというのが彼らの論拠である。だが実際は、彼らはロウ判決を覆すことを目標としていて、ロウ判決についての立場を明確化しないようにするための対応ではないかと疑われている。
トランプ政権成立後、保守的な判事の数は実際に多くなっている。連邦最高裁判所の構成も保守派5名、リベラル派4名と保守派優位となっているため、保守派はロウ判決などの重要判例を覆すための好機だと認識している。もっとも、連邦最高裁主席判事のジョン・ロバーツは、国論を二分するような争点に関する過去の画期的判決を一気に覆すことは裁判所に対する信頼を損ねると危惧しており、判例を変更するに際しても段階的なアプローチをとるべきとの立場を示している。
そのため、アラバマ州法をめぐる訴訟を連邦最高裁判所が採り上げるか、仮に採り上げる場合にロウ判決を覆すことになるかは予想がつかない。ただし、中絶問題を巡って以後様々な議論が展開されるのは明らかであり、その議論のあり方が2020年の大統領選挙や連邦議会選挙に影響すると予想されている。