2022年12月9日(金)

西山隆行が読み解くアメリカ社会

2018年6月15日

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西山隆行 (にしやま・たかゆき)

成蹊大学法学部教授

東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。甲南大学法学部教授を経て現職。専門は比較政治・アメリカ政治。著書に『アメリカ型福祉国家と都市政治』(東京大学出版会)、『移民大国アメリカ』(筑摩書房)、『アメリカ政治』(三修社)、『アメリカ政治入門』(東京大学出版会)、5月に『アメリカ政治講義』(筑摩書房)が刊行予定。

 「宗教的信念から同性婚に反対しているケーキ職人は、同性カップルの結婚披露宴用のケーキの作成を拒めるか?」――今月上旬に連邦最高裁判所が判決を下したマスターピース・ケーキショップ対コロラド州公民権委員会事件は、この点をめぐって争われた。9人の判事からなる連邦最高裁判所は、7対2でケーキ職人勝訴を宣言した。ただし、この判決は多くの問いを未解決のまま残している。

言論・表現の自由の問題が問われる理由

 2012年に、デイヴィッド・マリンズとチャーリー・クレイグという同性カップルが結婚披露宴で用いるケーキの作成をコロラド州レイクウッドにあるマスターピース・ケーキショップに依頼した。この事件は、店主のジャック・フィリップスがケーキの作成を拒んだことに起因する。

ケーキ屋店主のジャック・フィリップス氏

 アメリカでは、連邦最高裁判所が2015年に同性婚を認めるオバーゲフェル判決を出しているが、2012年当時、コロラド州は同性婚を禁じていた。カップルは、同性婚を認めていたマサチューセッツ州で結婚式を挙げた後に、コロラド州で披露宴を行う計画を立てていた。彼らはケーキのデザイン案を記したノートを持参していたが、それを見るまでもなく、フィリップスは協力を断った。フィリップスは、同性愛者が誕生日にケーキやブラウニーを購入するのは歓迎するものの、同性婚のためにケーキを作るのは拒否したいといったのだった。

 この対応は、「障害、人種、信条、肌の色、性別、性的志向、婚姻状況、出身国、あるいは祖先」を根拠に顧客を差別してはならないことを定めたコロラド州反差別法に違反するとして、当該カップルがコロラド州公民権委員会に申し立てを行った。それを受けてコロラド州公民権委員会は、フィリップスがコロラド州反差別法に反しているとの判断を下した。また、同性愛者に対する差別をやめるとともに、コロラド州反差別法の内容を社員に教育し、2年にわたり四半期ごとに法令順守レポートを提出するよう求めた。フィリップスはコロラド州公民権委員会に対し訴訟を提起したものの、コロラド州控訴裁判所はコロラド州公民権委員会の立場を支持し、コロラド州最高裁判所は上訴を棄却した。そこでフィリップスは、連邦最高裁判所に訴訟を提起したのである。

 この訴訟では、同性カップルの権利と、ケーキ職人の権利が対立する状況をどう解消するかが争点になると考えられていた。なお、ケーキ職人は、問題となっている自らの権利は、信仰の自由の行使に加えて、言論・表現の自由の問題でもあると主張していた。

 信仰の自由は当然としても、言論・表現の自由の問題が問われているのを奇異に思う人もいるかもしれない。先ほど指摘したように、この事件では同性カップルがケーキのデザイン案を見せる前にケーキ職人が協力を拒否しているので、ケーキ職人の芸術家としての表現の自由が問われているのではない。同性婚に反対する宗教右派の人々は、同性カップルの結婚式に協力することを、同性婚への支持表明を間接的に強いられた「強制されたスピーチ(compelled speech)」だと主張している。このために原告は、信仰の自由に加えて、言論・表現の自由をも問題として提起したのである。

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