2024年4月21日(日)

西山隆行が読み解くアメリカ社会

2018年6月15日

最終結論ではなく、議論の出発点

 アメリカの判例では、判決に賛同した人が一部異なる見解を示したい場合に付随意見を出したり、判決に反対する人が反対意見を出したりして、判決文とは異なる見解も明示するのが一般的である。そのような形で出された意見は、何年かたった後に重要な争点として取り上げられ、判例を塗り替えるきっかけになることも多い。

 この判決に関しても、結論に賛成したクラレンス・トーマス、サミュエル・アリト、ニール・ゴーサッチ判事は、この問題を信仰の自由の問題として論じるべきという原告の立場に賛意を示し、特にトーマスとゴーサッチは、同性愛カップルにケーキを提供することはケーキ屋に同性婚への賛同を強いるものだと指摘している。他方、ルース・ギンズバーグ、スティーヴン・ブライヤー、ソニア・ソトマイヨール、エレナ・ケーガン判事は、信仰の自由が反差別法を制約するという見解に批判的な立場を示している。なお、ギンズバーグとソトマイヨールは判決に反対の立場である。

 このように、この判決は7対2という差で下されたものの、ケネディ判事も認めるように、同性愛者の権利と信仰の関係をめぐる問題についての最終結論ではなく、議論の出発点といってもよい。今日、同性婚に反対の立場をとる写真家やビデオ撮影者が仕事を拒否することができるかなどをめぐって、様々な訴訟が提起されている。そして、連邦最高裁判所が、ワシントン州リッチモンドの花屋が同性婚のためにフラワーアレンジメントをするのを拒否した事例を取り上げると発表したため、秋以降に新たな動きがあるかもしれない。

 なお、公共宗教研究所による調査では、アメリカ人のおよそ6割が、中小企業が経営者の宗教的信念に反する場合でも同性愛者に製品やサービスの提供を拒むことに反対している。構成員の多数がそれを許容すべきという立場を示しているのは、白人の福音派のプロテスタントとモルモン教徒だけである。

LGBT、宗教の問題は文化戦争の主要争点

 この事件をめぐって、日本では、同性婚のケーキ作成を拒否したケーキ屋が勝訴した、というような表現で紹介されているようである。これは間違った紹介ではないが、誤解を招きかねない表現だともいえる。

 日本ではLGBTの問題や宗教の問題についての関心が必ずしも高くないかもしれないが、アメリカではこれらは文化戦争の主要争点となっている。アメリカ人と交流する可能性のある人々は言うに及ばず、アメリカ社会に対する関心を持つ人々は、この問題の行方に関心を持つ必要があるといえるだろう。

  
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