2024年11月25日(月)

西山隆行が読み解くアメリカ社会

2019年5月29日

トランプは反対の立場を鮮明に

 トランプは、改革党から2000年大統領選挙に出馬した際には人工妊娠中絶を容認する立場を明らかにしていたこともあり、2016年大統領選挙の予備選段階では福音派の支持を十分に得られなかった。2016年の予備選挙段階で福音派が推したのは、マイク・ハッカビーやベン・カーソン、テッド・クルーズだった。

 だが、現在トランプは中絶反対の立場を鮮明にしており(ただし、強姦や近親相姦の場合は除くとしている)、また、同様の立場を示す人物を連邦裁判所判事に指名していること、福音派からの支持が強いマイク・ペンスを副大統領としたこともあり、福音派の間ではトランプの支持率は一貫して高い。トランプとしては、アラバマ州法はやや極端に過ぎると述べることで穏健派に対して一定の配慮をしつつも、中絶反対の立場を明確にすることで、宗教右派の支持を確保したいと考えるだろう。世論調査では、中絶反対派は人口の約4割程度だが、その投票率は高い。

 他方、民主党はアラバマ州法やトランプの立場を批判し、中絶を女性の権利として位置づけることで、中絶容認派の支持を勝ち取ろうとしている。2020年大統領選挙では、女性や教育水準の高い有権者の票をめぐる動きが活発化すると予想される。民主党は郊外地域の女性の票を獲得しようと努めているが、中絶問題はその一つのきっかけとなるだろう。人工妊娠中絶をめぐる世論調査では中絶容認派は5割強を占めていて、民主党支持者、リベラル派、大卒の学位を持つ人々によって支持されている。

 中絶をめぐる立場は、論者のアイデンティティとも密接にかかわっていることもあり、容易に妥協することはできないだろう。そして、今後もアメリカの文化戦争の中心的論点として存在し続けるだろう。今日、先進国では中絶は女性の権利として認められるのが一般的になっているが、世界で最も先進的と位置付けられるアメリカで、それに逆行する動きがみられるのは興味深いといわねばなるまい。

 なお、中絶を禁止することの政策的合理性には疑問もある。例えば、アメリカ国内で中絶をすることができなくなった場合に、比較的裕福な人々は中絶手術を容易に行える国に移動して手術を受ける可能性が高いだろう。他方、経済的に余裕のない人々は、闇で潜りの医者(あるいは医師免許を持っていない人)から処置を受ける可能性が出てくるだろう。専門知識や技術が十分でなかったり、適切とは言えない環境で処置が行われたりする場合は、手術を受ける女性の健康に害が及ぶ危険性も残る。このように考えれば、中絶の是非をめぐる問題はより大きな問題へとつながる可能性もあり、今後の動向に注目する必要があるといえよう。


  
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