オトナの教養 週末の一冊

2019年5月31日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

陥穽だらけの意思決定システムに
沿ったかたちでの災害対策を

 要するに、我々は「意思決定においてあまりにも将来を見なさ過ぎ、あまりにも早く過去を忘れてしまい、それらの欠点を乗り越えようとして自分と同じ欠点を持つ人のまねをしてしまう。さらに、過度に楽観的であったり衝動的であったりし、迷ったときには現状維持を選んでしまう」。

 どれもこれも自分のことをいわれているようで情けないが、そもそも我々の思考システムは、経験の範囲を越えるようなめったにない出来事に対してしっかり考えて備えられるようにはできていないのである。

 そこを率直に認め、陥穽だらけの意思決定システムに沿ったかたちで災害対策を設計しようというのが、本書の「行動リスク監査」というアプローチだ。

 ごく自然な選択が良い行動(本書の場合はより安全な行動)となるような意思決定環境を用意すること、つまり、本人の利益にかなう行動を促すことができる意思決定環境の設計を重視する「選択構造」の理論にもとづくものだという。

 具体的に行動リスク監査をどのような手順で進めるかを、本書では、洪水危険地域の住民に洪水保険を受け入れてもらうための包括的な取り組みを例にとって説明している。

 たとえば、楽観癖の克服には、確率をより長期の枠組みの中で示すこと、身近で具体的な例とともに示すことといった提案がある。これは、私自身もリスクの説明の場面で用いている方法なので、すとんと腑に落ちた。

 最終章では、気候変動によって起こりうる海面上昇をとりあげ、よりよい意思決定のための政策デザインを提案する。

 <必要なことは、民間および公的組織がこれまでにない協力関係をもち、安全が社会規範となるような環境をつくり出すことである。そして、その環境は適正な規制と実効性の高い基準によって裏打ちされたもので、安全への費用が公正に社会全体に分配されることが求められる。>

 本書の提案するアプローチを参考にすれば、個人レベルでも公的レベルでも災害対策の実効性がより高まるのではないか、と期待する。


  
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