「日本の経営学はガラパゴス化している」と語るのは、早稲田大学大学院(ビジネススクール)の入山章栄教授。日本の経営の常識は、世界から取り残されているのかもしれない。だからこそ、これだけイノベーションの重要性が叫ばれているのに日本企業では起きにくいのかと、入山氏の説明に合点がいく。また、日本で有名な「イノベーションのジレンマ」よりも、世界の学術的なイノベーション研究では「両利きの経営」のほうが重要視されている理論だという。
監訳した『両利きの経営』(東洋経済新報社)が好評の入山氏に、日本でイノベーションが起きにくい理由や「両利きの経営」とは何か、なぜ日本の経営学はガラパゴス化しているのかについて話を聞いた。
――両利きの経営という言葉は聞き慣れません。どんな経営戦略なのでしょうか?
入山:「両利きの経営」(Ambidexterity)という考え方は、「探索」(Exploration)と「深化」(Exploitation)がキーワードです。「探索」とは、人間の認知には限界があるので人は近視眼的になりがちですが、その認知の範囲外にはもっと良い選択肢があることから、自身や自社の既存の認知の範囲を超え遠くを見る活動を意味します。一方の「深化」とは探索などを通じ成功しそうなものを見極めた上で、それを深掘りして収益化していく活動のことです。「探索」をすることでイノベーションのタネを産み、「深化」することで既存の商品やサービスの深掘りにより事業の安定化をはかる。この二つのバランスが重要だという考え方です。しかし、一般的に事業が成熟するほど企業は「深化」に偏り、イノベーションが起きなくなります。これを「サクセストラップ」と呼びます。イノベーションに悩む多くの日本企業はこの傾向が強い。
この考え方は決して目新しいものではありません。認知科学をベースにした海外の経営学では1980年代から既に注目され、もはや海外の経営学では常識と言えます。本書は、その考え方を現実の企業に適用すると何が問題になるのかを具体的な事例を通じて解説しています。
――海外では常識だという考え方が、なぜ日本では有名ではないのでしょうか?
入山:一言で言えば、やや失礼な言い方かもしれませんが、日本の経営学がある意味でガラパゴス化していることが一因かもしれません。現在の世界の経営学は急速に国際標準化が進んでおり、アメリカでもヨーロッパでもアジアでも、地域を問わず経営学の研究者は同じ理論で、英語という世界共通の言語を使って、同じ学会に参加して研究をしている。しかし日本の研究者の多くはその世界的なアカデミックの学会やコミュニティに参加していません。たとえば、ある年の海外の学会に参加している国別の割合を見ると、アメリカで学会が開かれることが多いのでアメリカ人が多くなるのは必然ですが、ヨーロッパが500~900人、シンガポールが160人、韓国が150人参加しているのに対し、日本人は20~30人ほどです。
とは言え、では海外のMBAホルダーが皆このアカデミックな考え方を理解しているかと言われれば、当然そんなことはありません。経営学というアカデミックな世界での業績は、学術誌への論文投稿などで決まります。実務家や一般向けの本を書いても評価されないため一般向けに還元するインセンティブが働かないのです。これは、海外のアカデミックな経営学の課題かもしれません。