補講 北朝鮮入門

2019年8月8日

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

 1990年代には、JTBや近畿日本ツーリストといった大手旅行会社も北朝鮮ツアーを販売していた。JTBのツアーは1週間の日程で40万円近い高額だったという。この時期には名古屋空港や新潟空港から平壌への直行チャーター便も飛んでいた。しかも、北朝鮮の高麗航空だけでなく全日空も飛ばしていたのだという。この頃が、日本からの観光客が年間3000人以上という最盛期だったそうだ。

 現在の渡航者数は最盛期の10分の1ということだが、それでも行く人がいないわけではない。本書によると、日本の旅行会社が昨年秋に「人気モデルコースランキング」として出したのは、次のようなコースだったという。

  • インスタ映えする平壌・板門店
  • そうだ! 平壌に行こう!(実質的に平壌1日のみの弾丸旅行)
  • 朝鮮の車窓から
  • 元祖平壌冷麺食べ比べ!
  • 建国70周年記念! 革命力全開(記念館や博物館巡り)

 本当にインスタ映えするのかは不明だが、若者を集めたいのだろうか…。

金正恩氏は経済成長の起爆剤として観光に期待

 礒﨑氏は、小学生の頃から日本国内のユースホステルに泊まる一人旅をし、15歳で初の海外一人旅をしたという元バックパッカーである。旅先で見たカジノに関心を持った揚げ句、ラスベガスで数週間のトレーニングを受けて日本カジノスクールという専門学校でバカラの実技も教えていたという。そんな氏が政治研究という本業のかたわらに目を付けたのが、「北朝鮮の観光」だった。もちろん趣味が高じてというだけではない。政治に比べると、観光政策というのは資料集めが容易だということに気付いたのだという。

 礒﨑氏は、朝鮮労働党中央委員会の機関紙で北朝鮮の公式見解を載せる『労働新聞』を毎日丹念に読み込んで、北朝鮮の論理を解明することに務めている。非常に大切だが、骨の折れる作業だ。しかも、疑問があっても追加の資料は簡単に入手できない。

 それに比べると、観光に関する資料は豊富だ。北朝鮮は売り込む側だから、積極的に資料を出してくる。観光政策について聞きたいというインタビューなら、当局者も喜んで応じてくれる。日本人観光客の受け入れにしても30年前から続いているから資料は蓄積されてきており、その変化から読み取れるものが出てくる。さらに、金正恩国務委員長は外国人観光客の誘致に熱意を見せており、大勢の軍人を工事に動員して日本海側に一大リゾート施設を建設してもいる。経済成長の起爆剤の一つとして観光に期待しているようなのだ。観光政策には、そんな金正恩氏の思惑もにじみ出てくるのである。

 たかが観光と言うなかれ。なんでも極めれば奥は深いのである。そんなことを改めて考えさせられる書でもある。

 参考までに付け加えておくと、 日本は北朝鮮に対して厳しい制裁を科しているが、渡航については「自粛勧告」である。国民の自由な移動を制限することはできないので、「禁止」ではない。アントニオ猪木氏や有田芳生氏のように国会議員も渡航を続けているし、今でも日本からのツアーはある。ただし、平壌に日本大使館はないから一定のリスクがあることには注意が必要だ。帰着した日本の空港で北朝鮮旅行だったとばれると、現地で買った土産はすべて没収処分の憂き目にあう。でも「禁断の旅行ガイド」として本書を手に取るだけなら、そんなリスクとは無縁である。

  
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