神様の生前からすでにあったという川沿いの柳の並木。「城の崎にて」にも登場する石の橋。志賀直哉を含む、この地に縁深い作家を偲ぶ城崎文芸館等々歩き回り、気が向いたところで、点在する外湯につかる(宿以外の温泉にも宿泊客は入れる)。心地よさに温泉と文学など講じたくなるが、主役はカニだ。夕食のカニ尽くし。
「昔はそれほど贅沢な御馳走という意識はなかったし、話は伝わっていないのですけど、志賀先生にも普通にお出ししていたはず」
そんな話を聞き、自分の部屋でくつろいでいると、カニが。刺身に、天麩羅に焼き、あんかけ、茶碗蒸し、鍋に雑炊、主役の一匹まるごと茹でたものが次々に登場する。「これでもか」と。
それも、津居山(ついやま)港に揚がったもの。近くの間人(たいざ)港のものが最高のブランドとして知られるが、津居山港も同じく日帰り操業で漁場も近い(普通は数日かかり、それだけ鮮度も落ちる)。だから、リーズナブルな値段で、最高級を豪勢に供せるのだと。
連れと差しつ差されつなら、至福に違いない。が、一人旅には至福を越える。お腹が苦しい。ただ、文豪が何故、ズワイガニに固執するかは分かる。それに見合う魔味。ほとばしる海の果汁の芳醇。脆美(ぜいび)、繊鋭、精緻。
小説の神様のカニの女はまだ分からない。食べ続け、分かったような気がして、満腹のうちに、ふっとそれが消える。やはり、神様のように通わねば分からぬか。とりあえずは来年も。さて、連れは……。
■城崎温泉 三木屋
山陰本線城崎温泉駅から徒歩約15分
兵庫県豊岡市城崎町湯島487
☎ 0796(32)2031
■「WEDGE Infinity」のメルマガを受け取る(=isMedia会員登録)
週に一度、「最新記事」や「編集部のおすすめ記事」等、旬な情報をお届けいたします。