2024年4月24日(水)

Washington Files

2019年8月19日

『謙遜』が死んだ日

 こうした過去の指導者たちが示した尊敬すべき資質を台無しにしたのが、第45代ドナルド・トランプ大統領だ。

 ニューヨーク・タイムズ紙はトランプ氏が就任演説を行った翌日の2017年1月21日、「トランプの就任式:『謙遜』が死んだ日(Trump’s Inauguration: the Day Humility died)」と題する著名コラムニスト、フランク・ブルーノ氏による次のような辛辣な論評を掲載した:

 「ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマら過去の大統領が就任演説の冒頭で言及したような謙譲の気持ちはトランプにあるだろうか? そうは思わない。彼は演説でhumility を一度たりとも使わなかったどころか、宣誓式の壇上に居並ぶ過去4人の大統領の眼の前で彼らの業績をこきおろし、連邦議会を酷評した。

 その一方で自分が当選したことを『過去世界でも例を見ない歴史的偉業』と自賛、終了直後には真っ先に自己所有のトランプ・インターナショナルホテルでの祝賀舞踏会に移動し『こんなゴージャスなホテルを作り上げた人物(本人)は天才に違いない』と吹聴した……大統領選挙期間中も、自分のIQの高さを誇り、自分以外の政治家たちを無能呼ばわりした。

 ペンス氏を副大統領候補に指名した時の集会では、自らの偉大さについて20分以上もしゃべりまくり、ペンス氏が聴衆を前に支持呼びかけのスピーチを始めた時には壇上から姿を消してしまったが、とにかく新政権に決定的に欠如しているのはhumilityであることは間違いない……謙虚な人間はまず自分を疑い、敵にオリーブの枝を差し出し、中庸を模索するものだ。だが、彼の言動を観察するかぎり、humilityは就任式の日に死んだといわざるを得ない」

 有力月刊誌『ニューヨーカー』も同様に、「ジョージ・ワシントン、トランプ、そしてhumilityの終焉」の見出しで、初代大統領以来、歴代大統領は賦与されたとてつもない強大な権限のゆえに謙虚な姿勢で執務したが、トランプ就任によって、長きにわたった良き伝統に終わりを告げた、と断じた。

 トランプ氏の傲慢、自己顕示癖については、とくに目新しいものではない。大統領就任前から、その性向はマスコミでも広く伝えられてきた。たとえば以下のような一連の発言がある:

 「オバマはまちがいなく、最悪の大統領だ。男らしさを見せるために、とんでもないへまをやらかすことを予言しておく」(2014年6月8日)

 「わが国南部国境は(移民流入で)安全ではない。問題解決できるのは自分だけだ。他の連中はこの問題にさえ触れようとしない」(2015年7月3日)

 「わが国は今、とんでもない状況下にある。まともな国にできるのは自分を置いて他に誰もいない」(2016年7月21日、共和党全国大会の指名獲得演説)

 「わが国そして偉大な会社トランプ・オーガニゼーションの運営をマスターできるのは、私だけであろう」(2016年11月8日、大統領選勝利演説)

 こうした尋常ならざるトランプ氏の性向は就任後、今日にいたるまで内外政策の随所にその顔をのぞかせてきた。

 不法移民問題では入国を遮断するため数千キロにおよぶ「偉大なる国境の壁」建設を国民に約束してきたものの、就任から2年半以上経過しても、建設工事は遅々として進んでいない。大統領自らも人種偏見発言を繰り返す中で、「白人至上主義者」グループによる凶悪殺人事件も後を絶たず、社会不安を増幅させている。

 外交では、中国に対し威勢のいい関税戦争を仕掛けたものの、収拾のめどは立たず、世界経済全体への不安要因にもなっている。中東情勢はイラン核合意からの一方的離脱以来、両国間のみならず、欧州各国、日本、韓国はじめ多くの原油輸入国を巻き込み、深刻な国際危機となりつつある。ロシアとのINF(中距離核戦力)条約からの一方的離脱の結果、同条約が失効となり、その結果、米露間のみならず中国含めさらなる軍拡に突き進む恐れも指摘され始めている。

 これらの事例は、まさに世界最強国の指導者としてのかじ取りの難しさを浮き彫りにしたものだ。一人だけの力で解決できるものではない。幅広い国民の支持と国際社会の協力を得るためにも、今トランプ大統領に最も求められる資質は、ほかならぬhumility だ。

  
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