重慶市の公共住宅事業は70%を銀行ローンに頼っているが、入居者は中低所得者であり、短期的に本事業に費やした投資を回収できるとは到底考えられない。居住者の所得増加を確実にするためには、失業対策や基礎インフラの整備に力を入れる必要があるのはいうまでもない。そのための財政補填は十分なのだろうか。
鄭永年は農民の都市への移住についても、「土地の都市化」は後回しにして「人の都市化」に重点を置くべきだと主張する。重慶市が受け入れる農民工のほとんどは重慶市郊外の農村から来ており、ここに都市化のための土地を確保したいという同市政府の思惑が見て取れる。しかし鄭永年は、移住者の生活、仕事、教育に関わる多くの問題を解決することが先だと述べる。
薄熙来失脚で手のひら返す重慶市長
進行中の重慶の改革を実質的に評価できるのはまだ先の話だが、私が何よりも不安に思うのは、「打黒唱紅」路線でつまずいた「薄熙来なき重慶」において、長期的な視野に基づく弱者対策が行われるだろうかということである。
薄熙来と一心同体だった黄奇帆市長は手のひらを返したかのように「中央への服従を」を誓い、これまで赤い歌が盛んに歌われていた広場には、薄熙来解任後すぐに「音が大きすぎて周辺住民から生活に深刻な影響があるとの苦情が寄せられている」と記した看板が立てられ、赤い歌を歌う活動は鳴りを潜めているという。薄熙来1人がいなくなるだけで重慶市の政策が大きく変わるとすれば、中国が「人治国家」であることを立証しているようなものである。
多くの地方政府が“黒社会化”する現実
冒頭で自由派知識人の安堵と喜びの声を伝えた。しかし実際には、彼らの多くは複雑な気持ちで中国の将来を見据えている。前出の大学教員の私の友人は、「文革のような歴史的悲劇が再び起こるかもしれない」と危機感を示した温家宝首相の演説を聞いて、「中国をこれ以上左傾化してはいけない、という強い意志を示してくれた。少し希望が見えた気がする」と言いながらも、「中国は今のままではだめだ」と苦い顔をした。
某新聞社記者で長い付き合いのある友人は「51%はうれしいが、49%は複雑な気持ち」と表現した。
彼は地方都市を歩き回り丹念に取材活動を続ける中で、「多くの地方政府が“黒社会化”する現状を目の当たりにした」という。
昼間は公務員、夜は黒社会メンバーの人も……
実際に、重慶市では黒社会が麻薬、賭博、売春、銃の取引で暗躍し、表向きは貸金業や商社の看板を掲げながら、政府の補助金が入る都市開発事業で利権をむさぼっていた。黒社会には「昼間は公務員、夜は黒社会のメンバー」という者も少なくなく、リーダーには全国や地区の人民代表に名を連ねる者さえいた。記者は「薄熙来のような強いリーダーでなければ、今の中国社会に蔓延る闇を排除できない」と本音を漏らす。
もちろん、彼は薄熙来のやり方に深刻な問題があると考えている。それだけでなく、庶民にとって分かりやすい「悪をたたく」という構図の下で、薄熙来のような独裁的人物への支持が増えれば増えるほど、政治的なパフォーマンスが拡大することにも懸念を抱いている。彼は、重慶市郊外の辺鄙な農村を取材した際、薄熙来に風貌がよく似ている同僚の記者が地元の人に出会うたびに取り囲まれて大歓迎されたことを教えてくれた。
また彼は、地元の問題を摘発しようと北京に来ていた陳情者が、薄熙来を「中国の未来を変える救世主」と称える詩をつくって携帯メールで発信していることに触れ、「中国はまだ全体的に教育水準が低く情報も少ない。“左”の勢力が拡大するのはそのような背景がある」と分析する。