「チャイナウォッチャーの視点」で森保裕氏がすでに伝えているとおり、薄熙来が重慶市の書記の職を解かれた。私はちょうど3月7日から北京に滞在しており、刻々と状況が変化するなかで、重慶関連の情報を新聞やネット上で拾い、有識者や一般の人たちから話を聞くことができた。
日本のメディアが伝えるのは、次期党大会に向けての権力闘争に絡めての分析が中心だが、重慶問題はそれ以外にも中国の将来を考える上で重要な論点を多数提起している。幅広い視野で中国の現在を理解し、未来を展望するためには、社会に脈々と流れる動きを読み解く必要がある。
赤い歌を歌って「癌が治った」ってホント?
重慶の「打黒唱紅」(黒を打ち赤を歌う)について、読者の皆さんは昨年8月3日付けの拙稿を(「黒」を制し「赤」を煽る中国・重慶市)読んでくださっていると思う。
一言で言うと「黒社会(暴力団)の一掃と毛沢東思想への回帰」だが、黒社会を一網打尽にしようという薄熙来のやり方は適正な法手続きを踏まない荒っぽいもので、約4年間に約5700人を摘発、そのうち5000人以上を逮捕し、約50人に死刑判決を下した。すでに十数人の死刑が執行されたというが、冤罪の可能性が指摘されるケースもある。
毛沢東時代の赤い歌(革命歌)を歌う運動はエスカレートした結果、大規模な合唱会を全国各地で開催し、赤い歌を歌って「癌が治った」とか、「植物状態の人が目覚めた」といった真偽のほどが分からない内容の報道まで大々的に行われた。ブログで「打黒唱紅」に対して皮肉を込めた詩を発表した市民は、1年間の労働教養処分にされた。
安堵する自由派知識人
このような状況に危機意識を抱いていたいわゆる自由派知識人たちは、安堵の胸をなで下ろしている。自由派を代表する北京大学教授の賀衛方は、先週北京で会った際、温家宝首相の記者会見を生中継で見ていた時の興奮振りをこう話してくれた。
「3時間にも及ぶ長い記者会見でしたが、最後の方にロイターの記者が王立軍(薄熙来の腹心だったが成都の米領事館に駆け込んだ。現在北京で審査を受けている)に関する質問をした時には、“これこそが聞きたかったことだ”とばかりに気持ちが高まりましたよ」
薄熙来は自らの政策を批判する自由派知識人を憎く思っていることだろう。北京の大学に勤める私の友人は「薄熙来が政治局常務委員会に入り、周永康の後を継いで政法委員会(*)の書記にでもなれば、“維穏”(安定維持)を理由に自由派を打倒するに違いない」と話す。
(*政法委員会:共産党組織において、情報、治安、司法、検察、公安などの部門を主管する機関である。委員会のトップである書記は通常、党中央政治局常務委員から選ばれ、司法部長や最高人民裁判所長らを指導する立場に立つ。各地方の党委員会にも政法委員会が設置されており、重要な裁判の事案については、個別の裁判に関与し、判決の内容を指示したり、重要人物の逮捕を審査・承認したりもしている。中央の政法委員会では文革時の公安主導の司法体制に対する反省から、公安機関出身者の書記就任を排除してきたが、2007年に始めて公安出身の周永康が着任した)