日本はASEAN諸国とのサービス交渉ではこの方式を採用し、WTOで各国が約束した以上のサービス分野の開放を目指した。
これに対し、メキシコやチリなどとは「ネガティブリスト方式」という異なるアプローチを採用している。これは先方が既に米国とのFTAをこの形式で締結しており、その関係で他の方法が取れないことを強く主張したためであった。このネガティブリスト方式とは、締約国が約束しない分野(協定上の義務規定の適用を受けない分野)とその条件(制限)を附属書に明記し、他の分野については原則義務規定の適用を受けるというものである。
サービス分野の自由化という観点からは、このネガ・アプローチの方がより大胆な取り組みと言える。何よりも新たな規制を導入して外国からのサービス・プロバイダーを排除するということが原則的にできなくなる。また、具体的にどの分野において相手国がどのような制限を実施しているかが約束表で明白になっているので、「ユーザー・フレンドリー」なシステムになっている。
TPPではこのネガティブリスト方式が採用されることになっているが、日本は経験済みであり容易に対応できるはずである。日本のEPAでは十分に攻めることができなかったTPP参加途上国のサービス市場の開放に再度チャレンジする絶好の機会と考えることができる。
日米主導TPPでWTOを補完
ビジネス環境整備やサービス交渉以外にも日本がルール作りを主導できる分野はまだまだある。紙幅の都合から詳細に触れることができないが、原産地規則の簡素化と累積ルール(原産国内の原産材料を日本の原産材料として換算できるもの)、税関手続きの電子化等を含む貿易円滑化、アンチダンピング措置の規律強化や事前通報制度、政府調達やPPP(官民連携)における透明性の強化、ACTA(偽造品取引の防止に関する協定)と同水準の規律強化を盛り込んだ模倣品・海賊版対策、競争政策、投資等TPPの幅広い分野で日本の貢献が可能である。(詳細については、拙著『TPP参加という決断』ウェッジ、第6章参照)
これら多くの分野で日本はアメリカと共同歩調を取れる。WTOの多国間交渉ドーハ・ラウンドは当面凍結された状態が続くが、そのあいだにも国際貿易は新興国の台頭、資源輸出の制限など新たな挑戦を受け続けている。WTOでルール形成が停止しているのであれば、それをTPPの場で日米を軸に進めていく必要がある。
例えば、投資における紛争解決手続きで「投資家対国家」の紛争解決についてオーストラリアは反対しているが、日本は米国と協力してオーストラリアを説得する側に回る。知的財産保護の執行力強化でも米国と連携してベトナムやマレーシアなどにACTA水準を受け入れさせる。他方で、アンチダンピングではメキシコや韓国と連携することで、米国によるアンチダンピング措置の恣意的濫用を抑えるといった「連携の組み換え」がTPP交渉では重要になってこよう。
このようにTPP交渉は、アジア太平洋圏地域における広域自由貿易圏をめざす「ミニ・多国間交渉」の様相を呈している。WTO交渉でできなかった新しいルール作りを実現する場と捉えるべきである。その意味でTPPは「WTOプラス」のルール作りを目指している。
TPPで現行のWTOを超える水準の市場アクセス改善とルール整備を行うことで、中国にもいずれ入ってきたいと言わせるような状況を作ることが重要である。「TPP、備えあればいなし」である。中国にとって、米国や日本は極めて重要な輸出市場であり、日米両国の市場をはじめTPP域内で、中国産のモノやサービスについて関税差やサービス関連の規制で格差=「差別」が生じることは耐えがたい。
TPPでより高度な市場アクセスを実現し、「責任ある大国」として中国も遵守すべき「WTOプラス」のルールを、日米を基軸にしつつ、ある時には他のTPP参加国と連携を組んで作り上げていく、柔軟で、したたかな戦略的経済外交が今の日本に求められている。
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