「日本がTPPに参加しようがしまいが、きちんと食べていけるような仕組みを作るのが農業経営者の仕事です」。
神奈川県藤沢市で養豚業を営む宮治勇輔さん(32歳)は、きっぱりとこう言い切った。
宮治さんが育てている豚は、「みやじ豚」という名称で、インターネットで販売している他、東京・神奈川を中心としたレストランで食べられる。みやじ豚は、肉質がきめ細かく、柔らかい。最大の特徴である脂は、クリーミーだが焼き上げると独特の風味が楽しめる。
いまだやまない農業関係者の反対の声
菅首相が、昨年10月に環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への参加検討を表明してから、各方面で参加への賛否が割れ、国内の混迷は深まるばかりだ。
特に、農業関係者の反対の声の大きさについては、いまだ報道がやまない。農水省は当初、日本がTPPに参加した場合、「農業生産額が4兆円に半減」「実質GDP8兆円減」「340万人雇用減」「自給率が40%から14%へ下落」といった試算を次々と公表し、TPPへの参加を拒否する姿勢を見せた。全国農業協同組合中央会(JA全中)も、昨年12月には「TPP交渉参加反対1000万人署名全国運動」の展開を決め、組織的な運動を始めている。
しかし、株式会社農業技術通信社が発行する『農業経営者』2011年1月号に掲載されたアンケートによると、81%の生産者が「TPP参加によって農業経営に何らかの影響を与える」としながらも、19%の人が「TPP参加に賛成」、28%は「賛成でも反対でもない」という回答となったのだ。つまり、冒頭の宮治さんのような考えをもつ農業経営者は、実は少なくないのかもしれない。彼らはどのような理念の下、農業に取り組んでいるのだろうか。また、どんな工夫によってTPPに立ち向かおうとしているのだろうか。
みやじ豚が選ばれる理由
「農業経営を成功させるには、いかに販路を開拓していくかということが重要になります」。
みやじ豚は、宮治さんの父親と弟が生産、母親が注文のやりとり、宮治さんがプロデュース―いかにしてみやじ豚を広めていくか―を担当している。宮治さんは新卒で人材派遣会社に就職し、いつか自身で起業することを夢見て日々勉強に励んできた。実家の養豚業を継ぐ気はまったくなかったが、勉強していく中で、農業が問題だらけであることを知り、実家の仕事を通じて何とかしたいという思いが生まれてきた。それまでは単なる「神奈川県藤沢市の養豚場で育てた豚」だったものを、「みやじ豚」としていかにブランディングしていくか、どのように売っていくか、今も努力と工夫を重ねている。
TPPに参加すれば、国産豚肉の価格下落は必至。みやじ豚は100gあたり350円で販売しており、一般的なスーパーの豚肉が100gあたり200円台、百貨店で売られている高級な豚肉が100gあたり400円であることを踏まえると、高価格と言えるだろう。レストランにも、一般的な国産豚肉の2倍の価格で販売しているが、それでもこの不況下で、みやじ豚を扱うお店で売上は落ちていない。これはみやじ豚が「お客さんに選ばれる豚肉」であることを示している。