「日本がTPPに参加したとしても、自分は自分の(農業の)道を進むだけです」。
そう言いながら愛おしそうにイチゴを摘む加藤さん。1粒食べさせてもらったが、甘みが強くコクがあり、非常においしい。IT通信会社でサラリーマンをしていた加藤さんが、農業の世界へ飛び込んだのは2006年4月。農家での1年間の研修を経て、地元でイチゴを中心に、コメや野菜も作る農家となった。
加藤さんのイチゴは、地元のスーパーマーケットを中心に、地域限定で販売されている。市内では主に九州産のイチゴが販売されており、こちらは輸送に2日ほど要する。一方、加藤さんのイチゴは地の利を活かし、摘んだその日、もしくは遅くとも翌日の朝には完熟した新鮮な状態でスーパーに並ぶ。イチゴは鮮度が命なので、この1日の差でおいしさが変わる。また、市内で他にイチゴ農家はなく、競争にさらされることもない。それを見越してイチゴ農家を始めたという加藤さんは、「農家が成功するには、『自分で作ったものは自分で売り先を探す』ことが重要」と、やはり宮治さんや菊池さんと同じ考えをもっている。
「実際に食べてもらう人に、農産物が作られた『物語』を届けることが大切です。どんな顔、名前の生産者なのか、どんな思いを込めて作っているのかを伝える。そして、その思いを理解して大切に売ってくれるところだけを販売先とします」という加藤さんの作ったイチゴのパックには、「一宮かとうさんのとちおとめ」という記載がある。こうして、顔の見える生産者として、ファンを増やしていった。
上海でもイチゴ作りに挑戦
加藤さんは自宅の横の約100坪(約330平方メートル)の土地と、車で数分走ったところに借地でその5倍の広さのハウスを建ててイチゴを栽培している。施設の広さはトータルで約20a。現在コメとイチゴとレストラン向け野菜をあわせて年間生産額が1000万円弱と奮闘している。「自分で作ったものは自分で売り先を探す」を信念に、鮮度と熟度にこだわり出荷する。当たり前のことと言えばそうなのかもしれないが、出荷から先を農協にすべて丸投げする農家がまだまだ多い中、それを徹底することが、生き残る術だと加藤さんは考えている。
また、海外での現地生産や、日本の農産物の輸出も、TPP対策として考えられる。加藤さんは現在、上海でもイチゴとコメを作っており、一般的な中国産の価格の3倍程度で販売しているが、現地の日本人や中国人富裕層からの需要があるという。「本当にコメを作りたいなら、日本の農家は海外に進出していけばいい」と、ぬるま湯につかったまま努力もしない、TPPに反対している人たちに対して、加藤さんは厳しく指摘する。しかし、日本の農家が海外で農業をする場合、国からの助成はない。当然、慣れない土地で日本とは異なる気候・土壌条件の下、農業を成功させるのが大変難しいことは間違いないが、「自分も国内で土地を広げていこうとはしているが、なかなかうまくいかない。農家の大規模化がなかなか進まず、日本国内の少子高齢化、人口減少で市場が縮小の一途を辿るであろうことを踏まえれば、リスク分散のために海外に進出する、というのも1つの策ではないかと考えています」と、先を見越して前向きに頑張っている加藤さんは、月に1回は上海に足を運び、イチゴの生産と販路開拓に励んでいる。