全土掌握を進めるシリアのアサド政権が2月27日、反体制派の拠点、北西部イドリブ県を空爆、展開していたトルコ軍兵士33人が死亡、数十人が負傷した。トルコのエルドアン大統領は緊急安保会議を開き、政権軍への報復を決定、全面衝突の恐れが高まった。アサド政権の後ろ盾であるロシアや北大西洋条約機構(NATO)の動きも絡み、シリア情勢は重大な局面を迎えた。
「あやゆる犠牲を払う」とエルドアン
アサド政権は昨年12月からイドリブ県への攻撃を開始、同県第2の都市マアラトヌマンや交通の要衝サラケブを制圧するなど攻勢を強めた。アサド政権軍の侵攻には、ロシアが空爆支援。地上戦では、イラン支援のレバノンの武装組織ヒズボラやイラク、アフガニスタンのシーア派民兵軍団、ロシアの傭兵部隊が政権軍とともに戦っている。
シリアのクルド人勢力を一掃するため同国に侵攻したトルコは国境地域に「安全保障地帯」を設置するとともに、シリア反体制派を支援してイドリブ県に数千人の部隊を派遣、ロシアとの協議に基づいて県内に12カ所の停戦監視拠点を設けた。だが、両軍は2月初め以降、散発的な砲撃戦などを展開、緊張が続いてきた。
このためエルドアン大統領は政権軍が2月末までにイドリブ県から撤収するよう要求、撤収しない場合は軍事力を行使する、と最後通告した。一方で、アンカラなどでロシアとの和平協議を続行、プーチン大統領がアサド大統領を譲歩させるよう求めてきた。
しかし、協議がまとまらないうちに空爆で33人が死亡するという今回の事態に発展した。実際に爆撃したのが、政権軍か、ロシア軍かは不明だが、これまでのトルコ軍の死者は人を50超えた。現地などからの報道によると、トルコ軍が攻撃を受けたのはサラケブ南方で、補給物資を運搬していた車列や、トルコ軍の監視拠点が攻撃された。
エルドアン大統領は緊急安保会議を開催し、報復を決定。一部報道によると、すでにアサド政権軍に対する攻撃を実施したという。大統領は「あらゆるリスクや犠牲を払う用意がある」として、シリアとの衝突も辞さない考えを強調、ロシアについても「イドリブの現状を理解していない」などと非難した。
エルドアン大統領はシリア内戦が激化する中、プーチン大統領と接近。ロシアから最新の防空システム「S400」を購入し、これに怒った米国から、最新鋭のF35戦闘機の共同開発から締め出されるなどの制裁を受けた。しかし、アサド政権軍との軍事的緊張が高まっていることを受け、パトリオット地対空ミサイルの供給を米国に強く求めてきた。
NATOに対しては、イドリブ県上空に「飛行禁止空域」を設置し、シリア、ロシア両軍の飛行を停止させるよう要求している。しかし、NATOの適性国であるロシアから「S400」を購入しながら、都合が悪くなれば、NATOの一員であることを主張するエルドアン大統領の振る舞いにうんざりする欧州指導者も多い。
難民流出で欧州に圧力か
国連などによると、軍事的な緊張が高まる一方で、イドリブ県からトルコ国境方面に避難してきた難民は約100万人にも達している。その半数は子供たちだといわれる。仮設テントなども十分に足りておらず、厳寒の中、飢えや寒さ、十分な治療を受けることができないまま、多くの子供たちが死亡し、深刻な人道危機が起きている。
トルコは既に、国内に350万人以上も難民を収容していることから、これ以上、負担が増えることに難色を示し、難民の受け入れを拒んできた。しかし、中東専門誌MEEがトルコ当局筋の話として伝えるところによると、エルドアン政権は27日の緊急安保会議の後、南西部のシリア国境の検問所を直ちに開放し、欧州に向かう難民を容認することを決めたという。
開放期間は72時間。欧州に向かうシリア難民は地上、海上経由とも阻止されることはなく、警察や国境警備隊などから干渉を受けることはないとされる。トルコと欧州連合(EU)の間では、2015年の難民危機を受け、トルコから欧州への難民の窓口であるギリシャに入国した難民をすべてトルコに送還するという協定が結ばれている。
しかし、エルドアン政権の今回の決定が事実だとすれば、EUとの難民協定を完全に無視するものである。NATOがイドリブ県上空での飛行禁止空域設置など、トルコの要求に消極的であることに対し、エルドアン大統領が難民を利用して欧州に圧力を掛けようとしているのではないか、と受け取られている。しかし、生命をかけて海を渡る難民の気持ちを政治的に利用するものだ、との批判は免れないだろう。