2024年12月9日(月)

中東を読み解く

2020年5月19日

 イラクの新政権発足をめぐって米国とイランが水面下で“秘密取引”に合意していたという情報が中東で広がっている。中東専門誌「ミドルイースト・アイ」(MEE)などによると、イランがイラクのムスタファ・カディミ首相を承認する見返りに、米国がイランの制裁解除に一部同意したというものだ。コロナ禍をきっかけに中東情勢に変化が訪れる、との観測が高まっている。

マスクをして出かけるテヘラン市民(REUTERS/AFLO)

米情報機関と親密な関係

 イラクにカディミ政権が誕生したのは5月7日。同国ではアブドルマハディ前首相が昨年11月に辞意を表明してから5カ月以上も政治空白が続いてきた。この間、2人が首相に指名されたものの、議会の承認が得られず政権樹立に失敗してきた。その背景にはイラクの後ろ盾である米国とイランが首相候補について意見の一致を見なかったことがある。

 カディミ氏は政治家出身ではなく、国家情報機関の長官だった人物だ。地元のメディアなどによると、首都バグダッドの出身で、欧州での滞在が長い国際派として知られてきた。雑誌の編集者を経て、2016年に情報機関のトップに就いたが、元々情報機関とは深い関係にあった。

 米国による2003年のイラク戦争の際、侵攻の理由は当時のサダム・フセイン政権が大量破壊兵器を保有しているという偽情報だった。カディミ氏はその情報を米国に提供したイラクの政治家アハメド・シャラビと連携して動いていたとされる。2018年、ポンペオ国務長官が中央情報局(CIA)長官だった時、ワシントンでサウジアラビアの情報機関長官とともに3者会談したこともあり、米国が首相に強く推した人物だ。

 MEEなどによると、“秘密取引”ではイランが、米国が推すカディミ氏を首相として認めるのと引き換えに、米国は欧州などの第3国が、対イラン制裁絡みで銀行に保管しているイラン資金を凍結解除しても、当該の第3国に「2次制裁を課さない」ことに同意したという。

 米国はイラクに約5400人の部隊を駐留させ、当地を中東でのテロとの戦いの拠点の1つにしたい考えだが、イラク議会から撤退を突き付けられたり、基地が攻撃を受けたりするなど苦境に立たされており、なんとしても米国寄りの政権を発足させる必要に迫られていた。また今回の制裁緩和があくまでも「2次制裁」が対象であり、トランプ政権の「最大の圧力作戦」を和らげるものではないとの判断があったのかもしれない。

 “秘密取引”の結果、米国は3月、一部の国が管理するイランの凍結資産を解除することを認め、コロナ禍による医療物資の購入資金不足に陥っていたイランに資金が流れたという。また米国はルクセンブルクの金融機関が保管していた16億ドルのイラン凍結資産の引き渡しを要求してきたが、ルクセンブルクの裁判所が4月、この要求を却下することを決定したのはこの“秘密取引”を受けたものとの指摘がある。

 イランのロウハニ大統領はこの決定を「法的勝利」と歓迎しているが、米国務省はこうした取引について「馬鹿げている」と否定している。だが、米国が最近、サウジアラビアに派遣していたパトリオット部隊や、ペルシャ湾に増派していた艦船の一部を撤収させるなど緊張緩和に動いているのも「“秘密取引”の流れに沿ったもの」(ベイルート筋)との見方が広がっている。


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