サウジアラビアと並ぶペルシャ湾の産油君主国、アラブ首長国連邦(UAE)がコロナ禍に苦しむ対岸のイランに大量の医療物資を届けている。イランはUAEの敵性国とされており、いわば“敵に塩を送る”図式だ。背景にはコロナ危機に乗じてイランとの関係改善を図ろうというしたたかな戦略がある。その絵図を描いているのはアブダビ首長国のムハンマド・ザイド皇太子だ。
イランとの修復に戦略転換
UAEはペルシャ湾に面した7つの首長国による連邦国家。日本にとっては隣国のサウジアラビアに次ぎ、輸入石油量の約4分の1を占める重要な国だ。UAEの大統領は最大の力を持つアブダビ首長国のハリファ首長だ。スンニ派国家とあってイランのシーア派革命輸出を恐れ、大国サウジの親米・反イランの戦略に乗ってきた。
だが、米国とイランの軍事的緊張が高まった昨年春、ペルシャ湾で石油タンカーが相次いで攻撃を受け、また9月にはサウジの石油施設がドローン攻撃で破壊され、一時サウジの原油生産がストップする事態になったころからイラン敵視政策に距離を置くようになった。米国やサウジはタンカー攻撃がイランによるものと非難したが、UAEはこれに加わることを慎重に避けた。
特に、イランが今年1月、米国によるイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官暗殺に対し、弾道ミサイルでイラクの軍事基地を精密に報復攻撃、米兵約100人が負傷したことに大きな衝撃を受けた。この時、「UAEは米国の力でもイランを軍事的に封じ込めることはできないと見極めた」(ベイルート筋)という。「軍事力で打ちのめせないなら、“友人”になるしかない」(同)。UAEのイラン敵視政策の本格的な転換が始まった。
こうしたUAEにとってコロナ・パンデミックはイランへの接近の好機となった。イランは中東ではトルコと並ぶウイルス感染国。感染者は10万人に迫り、死者も約6300人に上っているが、米経済制裁による資金不足で対応が十分にできず、医療物資も欠乏状態。UAEは3月からイラン支援を開始し、大量の医療物資を空輸した。古今東西、困っている時に手を差し伸べてくれた恩は忘れないものだ。UAEはコロナ危機に乗じてイランとの関係修復を図ったということだろう。
暗躍する皇太子
このイラン政策の転換を主導したのがアブダビ首長国のムハンマド・ザイド皇太子だ。同皇太子はサウジを牛耳るムハンマド・サルマン皇太子と近く、トランプ米大統領や米中東政策を仕切る娘婿のクシュナー上級顧問とも親交が深い。国際的にはあまり知られてはいないが、中東では、その存在感はサウジ皇太子に勝るとも劣らない。とりわけ、水面下で密かに行動することにかけてはアブダビ皇太子の右に出る者はいないだろう。
その最たる例はイエメンとリビアに対する影の影響力だ。イエメンでは親イランの武装組織フーシ派と、サウジが軍事介入までして支援するハディ暫定政権が内戦を続けているが、南部地域の分離派「南部暫定評議会」(STC)が4月26日、同国第2の都市アデンなどを自主支配すると宣言、三つ巴の複雑な様相となり、混迷は一段と深まった。
このSTCに肩入れしているのがムハンマド・ザイド皇太子だ。メディアなどによると、皇太子はSTCの兵士に武器を供与し、月給400ドル~530ドルを支払っているという。皇太子がSTCを支援している理由はアデンを実質的な支配下に置き、インド洋と東アフリカへの港湾基地を確保するためと指摘されている。特にペルシャ湾やホルムズ海峡で米国とイランが軍事衝突した場合に備え、アデンを石油輸出の代替ルートにしたい思惑があるという。
皇太子はまた、リビアの反政府組織「リビア国民軍」(LNA)への支援を強め、リビア内戦に介入している。LNAの司令官ハフタル将軍はSTCと同じ26日に声明を発表。国連主導で設立された「シラージュ暫定政府」を無効とし、自ら「人民の支持を得ている」としてリビアの支配を宣言した。
リビア内戦は現在、主にトルコが援助する暫定政府支配のトリポリに対し、UAEやロシア、フランスなどが支援する「リビア国民軍」が攻勢を掛けている。内戦はトルコとUAEの無人機が互いを攻撃し、「無人機戦争」とも称されている。皇太子が介入している理由は、ハフタル将軍にリビアを支配させ、同国のエネルギー資源へ影響力を保持したい思惑があるからだという。
中東誌によると、皇太子はトルコをリビアから引き離すためための“陰謀”も画策したとされる。トルコ軍は2月、クルド人を掃討するためとしてシリアに侵攻し、翌3月にロシアのプーチン大統領の仲介で停戦がまとまった。しかし、皇太子はシリアのアサド大統領に30億ドルの闇金を払って停戦を破るよう依頼し、停戦が発効するまでに手付金として2億5000万ドルを支払ったという。トルコのエルドアン大統領にシリアの戦闘に忙殺させるよう仕組み、暫定政府を支援しているリビアから撤収させようとしたと伝えられている。