米国の新型コロナウイルスの感染者、死者は4月14日現在、それぞれ57万人、2万8000人を上回り、世界最多となった。その背景には再選に必要な好調な経済を持続させようと、外出禁止など経済悪化を招くような強力な対策を渋ったトランプ大統領の意向が影を落としていた。11日付ニューヨーク・タイムズは後手に回ったホワイトハウスの内幕を暴露した。
50万人死亡の進言無視
ホワイトハウスの国家安全保障会議の当局者は1月初め、中央情報局(CIA)や国防情報局などの情報機関から、ウイルスが中国から米国にも拡散し、数週間以内に市民に自宅待機などを指示し、シカゴのような規模の都市を封鎖するような措置を取らざるを得なくなる、と予測した報告を受け取った。
この報告は1週間後にトランプ大統領に伝えられたが、対応策は講じられなかった。1月29日になって、経済担当のナバロ大統領補佐官はウイルスのまん延によって、50万人もの市民が死亡し、経済的な損失は3兆ドルにも達するというメモを作成、大統領に警告した。
翌30日、今度はアザー厚生長官が大統領に直接電話し、パンデミック(大流行)が起きる恐れがあることを大統領に伝えた。大統領は中西部へ遊説に行く途中のエアフォースワンの機中にいたが、長官に「パニックになるな」と述べ、長官が心配性になっているのではないか、と応じたという。
大統領が本腰を入れて取り組まないまま、事態は悪化していった。政府内の疫病担当者や伝染病専門家の間では、「レッド・ドーン」(若き勇者たち、米戦争映画の題名)と名付けられたチェーン・メールが飛び交い、懸念が広まっていった。だが、トランプ大統領は4月までに、「暖かくなれば、奇跡的に消え去ってしまう」などと根拠のない楽観論を繰り返した。
しかし、厚生省の専門家グループが国家安全保障会議当局者らと作成した2月14日付メモは集会の制限やスポーツイベントの中止、外出禁止、テレワークの実施、学校閉鎖の検討など強制的な対策が盛り込まれており、グループの代表らが大統領と会談し、進言しようとしていた。だが、大統領のインド公式訪問などがあって実現せず、大統領に事態の深刻さを理解させる試みは弱まっていった。
こうした中の2月25日、パンデミックの懸念を強めていたメッソニエ国立免疫呼吸センター長が「コロナウイルスのまん延は不可避」であり、「パンデミックが起きるかどうかの問題ではなく、いつ起きるかの問題だ」と警告。社会に衝撃を与えたこの発言で株式市場は大暴落となった。だが、この警告は大統領に事前に通知することなく行われたものだった。
トランプ大統領はインド訪問からの帰国途中の専用機の中で、メッソニエ氏の発言で株価が暴落したことを知り、激怒した。大統領は26日早朝にワシントンに帰着して直ちにアザー厚生長官に電話、メッソニエ氏が不必要に国民を怖がらせている、と怒りを爆発させた。
失われた3週間
26日夕に予定されていた大統領と疾病専門家らとの会議は急きょキャンセルとなった。専門家らはこの会議で、外出自粛など強力な対策が必要である、と大統領を説得する計画だった。大統領は会議の代わりに、ペンス副大統領を責任者とする対策チームを発足させた。チームの役割は明確だった。それはこれ以上「国民を心配させるメッセージはいらない」というものであり、大統領への進言を委縮させることにもなった。
その一方で、2月中旬になって厚生省の専門家を驚がくさせる報告がジョージア州から届いていた。無症状の20歳の中国人女性が親類5人に感染させていたという内容だった。「症状のない感染者がウイルスをまき散らしている」。2月の第3週までに厚生省などの疫病専門家らは経済活動の自粛や学校の閉鎖などの強力な措置を実施しなければ、ウイルスまん延を防止できないと確信するようになっていた。
この当時の厚生省の専門家による試算によると、米国内の感染者は1億1000万人、770万人が入院、死者は58万6000人に達するというものだった。2月26日時点の公式な感染者は15件だったが、3月16日には4226件に増加、現在は感染者が50万人を超えるまでになった。
ペンス副大統領がコロナ対策の責任者になった2月26日から、トランプ大統領が外出禁止などの行動指針を発表した3月16日までの3週間、米国は強力な有効策を打ち出せず、その間、パンデミックは加速していった。重大な時期に3週間が失われたのだ。3月末の数日ほど、大統領に進言を聞き入れる能力が欠如していることを浮き彫りにした時はなかった。