中東を読み解く

2020年3月8日

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 サウジアラビアで3月6日までにサルマン国王の実弟アハメド・アブドルアジズ王子やムハンマド・ナエフ前皇太子、その弟のナワフ・ナエフ王子の3人の有力者が拘束された。王室内で何が起きているのか。事実上の独裁者であるムハンマド皇太子が老齢の実父、サルマン国王(84)が亡くなる前に反対派を一掃し、権力を固める粛清に出たと見られている。

ムハンマド皇太子(REUTERS/AFLO)

最後に残った“スデイリ7”への恥辱

 米紙ニューヨーク・タイムズやウォールストリート・ジャーナルが今回の拘束事件に精通する筋の話として伝えるところによると、アハメド王子(78)は4日、国外での鷹狩り旅行から帰国した翌日の5日に拘束された。またムハンマド・ナエフ前皇太子は5日夕、弟のナワフ王子とともにリヤド郊外の砂漠の別邸で拘束された。一連の拘束については、米高官も確認しているという。

 拘束したのはいずれも黒いマスクで顔を覆った宮廷の警護隊で、拘束容疑は「国家反逆罪」とされる。3人が訴追されるのか、軟禁状態として留め置かれるのかなどは一切不明。分かっているのは、サウジでも最高レベルの要人の拘束には、同国を牛耳るムハンマド皇太子の命令がなければできないということだ。

 とりわけ衝撃的なのは、アハメド王子が国王の実弟で、初代アブドルアジズ国王の妻の1人だったスデイリ家のハッサン妃が生んだ7人の男子“スデイリ7”の1人であることだ。同国の最有力閨閥であり、2人が国王、2人が皇太子に就いている。

 “スデイリ7”で生存しているのはサルマン国王とアハメド王子だけだ。ムハンマド皇太子の叔父に当たり、長老を敬うサウジではその意味でも異例の事件。伝説化している“スデイリ7”に恥辱を与えた、と受け取られている。

 アハメド王子がいずれムハンマド皇太子の標的にされるという「伏線」はあった。2018年、アハメド王子が居住していたロンドンで、イエメン戦争をめぐって反サウジ政府デモが起きた際、サルマン国王とムハンマド皇太子の体制を批判し、反体制派からアハメド王子こそ、王家を継ぐのにふさわしい人物として人気を集めていたからだ。

 同王子は後に、自分の発言は間違って伝えられたと釈明したが、ムハンマド皇太子は忘れてはいなかったようだ。王子は18年、ロンドンから帰国。この時はムハンマド皇太子が空港まで出迎えた。

 今回の粛清事件の直接的な引き金が何だったのかは明らかではないが、サウジでは新型肺炎コロナウイルスの感染者が確認されたため、3月5日からイスラムの2大聖地、メッカとメディナへの巡礼が禁じられた。このため国内外のイスラム教徒から批判と不満が高まっており、この問題と関係があるのかもしれない。

前皇太子を徹底的に叩く

 西側からの同情を買っているのは、ムハンマド・ナエフ前皇太子の境遇だ。前皇太子は2017年7月に副皇太子だったムハンマド現皇太子に取って代わられた。サルマン国王が自分の存命中にお気に入りの息子の国王へのレールを敷くためだった。

 ムハンマド・ナエフ前皇太子とムハンマド皇太子は同じ第三世代のいとこ同士。内相の経験を持つムハンマド・ナエフ皇太子が米国の情報機関と関係が深く、米政界にも知己が多いのに対し、ムハンマド皇太子はトランプ大統領の娘婿クシュナー上級顧問と昵懇の仲だ。皇太子の独裁的な政治はトランプ政権の後押しで成り立っている部分が大きい。

 ムハンマド皇太子にとって、国内の一部王族から根強い支持を受ける前皇太子が米政界や情報機関と親しいことも不安材料のようだ。皇太子交代の際には、国王が決めた更迭とはいえ、前皇太子の携帯電話を取り上げるなど厳しい対応を取り、以後、軟禁状態の監視下に置いた。

 しかも、前皇太子の資産も凍結、薬物中毒で正常ではないといったフェイクニュースを盛んに流した。今回、弟のナワフ王子も一緒に拘束した背景には、自分の国王就任に邪魔な芽を完全に摘んでおこう、という思惑があるのは明らか。前皇太子が国王の実弟のアハメド王子と連携するのを何よりも阻止したかったのではないか。

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