中東を読み解く

2020年4月23日

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ガンツ氏(左)とネタニヤフ氏( REUTERS/AFLO)

 イスラエルのネタニヤフ首相と野党「青と白」の指導者ガンツ元参謀総長は4月20日夜、共同声明で「非常事態政権」樹立を発表した。汚職容疑の刑事被告人として窮地に追い込まれていた首相はコロナ危機を政治生命の復活に利用、粘り腰でガンツ氏を寄り切った格好。両者は交代で首相を務めることになるが、ネタニヤフ氏が約束を反故にして居座るだろうとの観測がもっぱらだ。

毎夜TVで陣頭指揮をアピール

 「非常事態政権」としたのは、新型コロナウイルスとの戦いに挙国一致で対処するためだ。イスラエルでは20日の時点で、感染者は1万3600人を超え、死者は少なくとも173人に上っている。外出禁止などの厳しい自粛措置の徹底で感染を最小限に抑えこんでいるものの、人口851万人余の小国としてはまさに国家存亡の危機といえる。

 国家がそうした危機に直面している一方で、政治の混迷は深まるばかりだった。昨年の4月から1年の間に3回も総選挙が行われたにもかかわらず、右派「リクード」のネタニヤフ首相、「青と白」のガンツ氏の両者とも連立工作が奏功せず、政権発足に失敗していた。そうした時にコロナ禍が襲い、国民の間からも挙国一致で対処するよう求める声が強まった。

 ネタニヤフ首相は汚職など3件の容疑で起訴された刑事被告人の身。5月24日の裁判開始を前に窮地に立たされていた。しかし、イスラエル史上最長の通算14年近くも最高権力者の座に留まる首相はこれまで磨いてきた機を見るに敏な政治的嗅覚と海千山千の実戦経験を駆使、コロナ危機を自らの政治生命の復活に利用した。

 ウイルスを封じ込めるため外出禁止などの厳しい規制を敷き、テロリストの動きを特定するのに秘密裏に使っていた携帯電話の位置情報を感染者の割り出しと濃厚接触者への警告に活用、さらには世界的に知られるスパイ機関モサドや軍情報部に指示して、人工呼吸器やマスクなどの医療物資の入手に取り組ませた。首相は毎夜、テレビ出演して陣頭指揮する姿をアピール、「問題はあるが、強い指導者が必要だ」(地元メディア)などと世論を味方に付けた。

国防、外交、司法各相は「青と白」に

 首相は3月末、ガンツ氏に国民を救うため結束し、交代で政権を担おうと強く要請。これに刑事被告人とは協力できない、と公約してきたガンツ氏が態度を軟化させ、連立協議に入った。同氏が姿勢を転換したのは、拒否し続ければ、コロナウイルスに苦しむ国民から見放されるリスクがあったこと、「青と白」の支持率が下がり、4回目の選挙になれば、敗北する可能性があったことが要因だろう。

 だが、最終的には「首相になるにはネタニヤフ氏の提案に乗るしかない」という判断があったようだ。ガンツ氏は首相との合意の上、「リクード」の賛成を得て新国会議長に選出され、連立協議の詰めに入った。議長の地位を確保したのは首相の心変わりを警戒し、けん制するためだったと見られている。しかし、このガンツ氏の公約破りで「青と白」は分裂、勢力は17議席にまで減った。

 20日に発表された共同声明や地元メディアの報道などによると、首相は最初の1年半をネタニヤフ氏が、次の1年半をガンツ氏が務めることになる。相手が首相の座にある間はもう一方が「副首相」に就くという合意内容だ。また最初の半年間はウイルス対策に集中し、議会もトランプ米大統領の中東和平案を除き、コロナウイルス関係以外の法案は審議しない、としている。

 しかし、合意には「したたかなネタニヤフ氏に騙されているのではないか」「交代時期の21年10月になってもネタニヤフ氏は首相の座を引き渡さない」などと懸念の声が強い。これに対しガンツ氏も一定の保険を掛けた。合意を覆すには、「120議席の議会で75議員の賛成が必要」との条項を合意文書に盛り込み、首相が変節しないよう枠をはめた。

 だが、ネタニヤフ首相もさすがに押し込まれてばかりはいない。米紙によると、最高裁が5月に始まる裁判で、「刑事被告人は政権を担えない」との判決を下した場合、「直ちに総選挙を実施する」という一文を合意文書に入れさせた。現在選挙を行えば、「リクード」が圧勝するとの世論調査もあり、ネタニヤフ首相には選挙に持ち込めば、有利との勝算があるようだ。

 閣僚の人事だが、外交、国防、経済、司法各相などはガンツ氏が、財務、内務、治安、運輸各相などはネタニヤフ首相がそれぞれ選ぶことになった。ガンツ氏は副首相兼国防相に就任すると報じられている。首相の裁判に影響力を持つ司法相はガンツ氏が押さえたことから、同氏が優位に立ったと見られがちだが、実際はそうではない。

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