“最強のスパイ組織”として知られるイスラエルの情報機関モサドが国外のエージェントを動員し、コロナ禍で不足している検査キットやマスクなどの医療用品の入手作戦を実行している。国難に立ち向かうモサドの活躍は国民からの支持も厚いが、連立政権発足が秒読みに入っていた肝心の政局はネタニヤフ首相が土壇場で卓袱台返しの荒業を見せ、混迷が深まっている。
検査キットや人工呼吸器製造の技術も
イスラエルの感染者は4月16日の時点で、1万2500人。死者は130人だが、人口851万人余の小国にとっては厳しい状況だ。各国同様、こうしたパンデミックに対する備えは万全ではなく、2月に入ってから医療用マスクなどの備品はあっという間に足りなくなり、病院は悲鳴を上げていた。
米ニューヨーク・タイムズやエルサレム・ポストなどによると、こうした国家の危機に、モサドのヨシ・コーエン長官は国内外のスパイ網を動員して医療用備品の調達に動くことを決定、自ら「コロナ対策指揮管制センター長」のポストに座った。イスラエルの最大の脅威であるイランがコロナウイルス対応に忙殺され、脅威が弱まったことも背景にある。
同センターには、モサドの要員のほか、軍の装備品調達部局員、軍情報部「ユニット81」の隊員などが集められた。「ユニット81」は秘密のベールに包まれた組織で、最新のスパイ技術の開発を担っている。センターはイスラエル最大の病院「シェバ医療センター」内に設置された。
このモサドの取り組みは着実に成果を挙げた。3月19日には特別機で10万個の検査キットがイスラエルに到着、続いて医療用マスク150万枚をはじめ、防護服やゴーグル、人工呼吸器などが次々に搬入された。モサドは医療用品だけではなく、検査キットや人工呼吸器の製造テクノロジーも取得。マスクを1カ月で2500万枚製造できる生産技術を入手し、工場が建設中だ。
調達先は欧州の他、イスラエルと国交のないアラブ諸国も含まれているが、情報機関同士は外交関係がなくても水面下でつながっており、こうしたコネも活用された。モサドが日頃からサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)、カタールなどと非公式な関係を強化してきたのが役立っている。コーエン長官は密かに培ってきた人脈を駆使し、各国の情報機関のトップだけではなく、政治指導者にも直接電話して物資の入手に取り組んでいるという。
モサドの作戦はこれまでにもたびたび語られてきたが、戦争やテロにおける秘密活動ではなく、こうした物資の調達作戦は初めてのことだ。作戦の詳細は明らかにされていないが、一部は相当荒っぽいやり方を使っているようだ。ドイツでは調達した物資が発送直前に押収されるなどの失敗も伝えられている。
モサドのスパイ組織としての力量は高く評価されているが、その存在を有名にしたのが1972年のミュンヘン五輪のイスラエル選手団殺害に対する報復だ。モサドはイスラエル選手11人の殺害に関与したパレスチナゲリラへの報復作戦を実行し、次々と暗殺した。最近も核開発に携わっていたイランの科学者を暗殺したり、テヘランの秘密倉庫に侵入して、核計画の極秘文書を盗み出したりした。