2024年5月2日(木)

中東を読み解く

2020年5月19日

イランの命令で民兵が沈黙

 それにしても「イランはよくカディミ首相の就任に同意したものだ。それだけコロナパンデミック(大流行)で国家存亡の危機に瀕しているということだろう」(同)。こうした指摘が出るのは、情報機関の長官だったカディミ氏が米国によるイランの英雄、ソレイマニ将軍の暗殺事件(1月)に関与していたと非難されているからに他ならない。

 イラン支援のイラク民兵組織「カタエブ・ヒズボラ」の司令官は3月初め、カディミ氏の首相指名はイラク人民に対する“宣戦布告”とまで罵った。同組織の創設者だったイラク人民防衛隊(PMF)のムハンディス副隊長もソレイマニ将軍と一緒に暗殺され、カディミ氏の関与を疑っていたからだ。PMFに参加する他の30に上る民兵組織も「カタエブ・ヒズボラ」と同様に非難した。

 しかし、米国とイランが“秘密協定”に合意したとされた頃から民兵組織のカディミ氏批判はピタリとやんだ。イラク筋の話として伝えられるところによると、民兵組織の突然の方針転換はイランがこの協定を破綻させないよう、民兵に沈黙することを命じた結果だという。

 この話はイランがイラクのシーア派民兵を通して同国に強力な影響力を依然保持していることを示すもので、イラク政府や軍部とイラン系のPMFとの対立が激化する懸念が浮上している。特にイランの支配を嫌うイラク・シーア派の最高指導者シスタニ師一派の動きが焦点だ。

 PMFは2014年、過激派組織イスラム国(IS)がイラクの3分の1を制圧した際、正規軍を補強するシーア派中心の部隊として発足した。現在の勢力は約30組織15万人。発足当初は人員集めに苦労したが、イランが戦闘員に給料を支払うことで組織化に成功した。最大の民兵組織「バドル軍団」や「カタエブ・ヒズボラ」「アサイブ・アルハク」といったイラン支援の組織が中心だ。

 対IS戦では、PMFはイラク軍指導部の命令を無視し、イラン革命防衛隊の司令官だったソレイマニ将軍の指示に従って動いた。このため、軍や政府との緊張状態が今でも続いている。PMF最大の実力者だったムハンディス副隊長が米国に暗殺された後、イラン系各民兵は後任に「カタエブ・ヒズボラ」の指導者アブ・ファダク氏を据えるよう要求した。

 これに対し、最高指導者シスタニ師からイランの動きなどを監督するためにPMFに送り込まれていた4つの民兵組織は反対、このほどPMFから脱退した。PMFは今後も「イランの先兵として動く。イランの影響力が強まるだろう」(同)。カディミ新政権はコロナ禍で石油輸出が半減するという経済的な打撃の中、イランの圧力をどうかわして政権運営を行うのか、大きな難題に直面している。

  
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