2024年11月21日(木)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2020年9月5日

(fpdress/gettyimages)

 東南アジア各地で発行されて華字紙を読むようになってから40年ほどになるが、華人社会の高齢化や若者の華字(漢字)離れを背景に読者層が激減し、1980年代には華字紙は斜陽産業化が始まり、一時はメディア・ビジネスにおける絶滅危惧種の一歩手前の惨状だった。

 だが1990年代半ば以降、中国の経済的影響力増大に伴って息を吹き返す。中国語による中国経済情報の需要が飛躍的に増大したことに加え、2010年前後から中国政府が国家戦略の一環として海外華字紙の積極利用に転じたからだ。潤沢な人民元をテコにし、東南アジア華人社会における経営不振メディアへの資金提供に乗り出した。人民元による華人メディア支配である。

 カネの切れ目が縁の切れ目との俚諺とは反対になるが、カネは確実にモノを言い縁を結ぶ。

 かつての繁体字・縱組の古色蒼然たる紙面は姿を消し、中国の地方紙と見紛うような簡体字・橫組で読み易い記事構成が多くなった。中国政府の狙い通りに、人民元による華人メディア席捲は完成に近づいていると言ってもよさそうだ。

 経営へのテコ入れは、否応なく論調に反映される。誰もカネには逆らえない。

 たとえば東南アジアを代表するタイの老舗華字紙『星暹日報』だが、長期にわたる経営不振に苦しんでいた。そこで親中系の大物華人企業家が買収に動いた。次いで2013年11月には、広東省政府系の南方報業伝媒集団の手が伸びて業務提携に及んだ。

 紙面構成は一新され、電子版の配信、中国版twitterの微博の活用などにも乗り出す。論調にも南方報業伝媒集団の影響が色濃く感じられるようになり、『星暹日報』はタイにおける中国メディアの“別動隊”といった動きを隠そうとはしない。

 だが、だからといって華字紙全体が人民元に屈服し、習近平政権の世界戦略に組み込まれてしまったわけでもない。タイの『世界日報』などは鄧小平路線に対する強い信頼感を表す一方、習近平政権に対する嫌悪感・警戒感を打ち出す。その視点は、日本のメディアに見られる一種のステレオタイプ化した中国論議とは自ずから異なる。

 それは華人が「北方の神州」とも形容する中国の動向は彼らにとって決して他人事ではなく、自らの生き方に陰に陽に絡まっていることを示すものだ。彼らにとって中国は法的には他国だが、心情的にはスパッとは割り切れない。敢えて表現するなら自国ではないが必ずしも他国ではない。心情的にも実利的にも曖昧でありながら気になる存在でもあるのだ。

 それだけに彼らの考えを知ることは、日本人の硬直化し、時に偏頗になりがちな中国認識の歪みを是正し、アメリカで展開される中国論議に“知覚過敏気味”に振り回され、引きずられがちな宿痾を治癒することにつながるに違いない。

「習近平は鄧小平に還れ」と題する評論

 たとえば「習近平は鄧小平に還れ」(8月24日)と題する評論は、「(2017年秋開催の)第19回共産党全国大会以後、中共はマルクス主義に回帰すると同時に鄧小平から離れたことを闡明にした。それが現在の中国が内外で見せる激変の根本原因である」と問題を提起する。第19回大会を機に共産党は変質し、先祖返りをしてしまった、というのだ。  

 その「根本原因」を、以下のように分析している。

1)鄧小平が提起した「中国の特色ある社会主義」が「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」に突如として激変してしまった。

 鄧小平の政治理論は表向きはマルクスや毛沢東の体裁を採っているが、実質的にはマルクス・レーニン・スターリン・毛沢東のボロ衣装を脱ぎ去った。その象徴が「白猫・黒猫論」であり「実事求是(実践が真理を検証する唯一の方法)」などの教えである。「中国の特色ある社会主義」という新しい考えを打ち出すことで、マルクス・レーニン・スターリン・毛沢東の教条的呪縛から脱したのだ。だが第19回大会を経るや「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」を登場させただけでなく、自ら「21世紀のマルクス主義」を高らかに唱えるまでに至った。

2)鄧小平の政治改革は不徹底だった。

 党と幹部における終身制の廃止、個人崇拝禁止の明文化、毛沢東に対する「功績七分、誤り三分」の評価、文革に対する「10年の大災害」の断罪などは、総て中共の本質と振る舞いを改めようとする試みだった。だが、それらは第19回大会で虚しくも引っ込められてしまった。


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