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2020年10月30日

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イヴェット・タン、BBCニュース

新型コロナウイルスのパンデミックのため、世界中で映画館が閉鎖して空になっている。しかし日本では、たった1本の映画が観客を呼び戻し、大きな話題となっている。

「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」は、主人公の少年が鬼を退治する物語。公開から10日間で興行収入100億円を達成し、邦画としては最速を記録。これまでの最速記録は、国際的にも有名なスタジオジブリの「千と千尋の神隠し」で、25日間で100億円を達成していた。

「鬼滅の刃」の主人公はヒーローだが、映画も日本の映画業界にとってヒーローとなったわけだ。中には「鬼滅の刃」を1日に40回以上、上映した映画館もあるという。

日本では現在、新型ウイルスの感染者がまたしても徐々に増えている。29日には、東京で200人以上の新規感染が報告された。

感染リスクは残るが、それでも多くの日本人がこの映画を見るために映画館へ向かった。なぜなのだろう。

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どんな映画?

映画「鬼滅の刃」は、同名の漫画が原作。主人公の少年は家族をほぼ皆殺しにされ、妹が鬼になってしまったことをきっかけに、鬼を退治する「鬼殺隊」の一員になる。

映画では、主人公と仲間たちが乗り込んだ列車の中での戦いが描かれている。

原作の漫画は全22巻で、版元の集英社によるとこれまでに1億部以上売れている。

昨年テレビアニメ化されたことも人気の一端で、アニメ配信「dアニメストア」ではランキング1位だ。アニメはネットフリックスでも配信され、世界的な人気作となった。

それだけに、今回の映画大ヒットは決して意外ではない。それでも、公開後3日で興行収入が46億円を超えるなど、予想以上の滑り出しとなった。

米サウスカロライナ大学のノースロップ・デイヴィス教授は、「この映画がなぜ大ヒットしたのか。その理由は、原作の漫画やアニメが大ヒットした理由を探ると、答えが見えてくる」と説明した。

「従来の欧米のコミックでは、悪役は伝統的に一面的だ。一方で日本の漫画では悪役が多面的に描かれ、読者が悪役の動機を理解できるようになっている。『共感』と言ってもいいだろう。この作品では、悪役の鬼も含め、登場人物の背景がよく練られている」

なぜ大ヒットに?

「鬼滅の刃」の映画のために、漫画やテレビアニメからの熱烈なファンが劇場に足を運ぶのは当然だ。

しかし一方で、競合作がほとんどないのも確かだ。

パンデミックを受け、多くの映画の公開が延期されたり、製作自体が止まったりしている。日本でも「007」や「ワイルド・スピード」といった海外の人気作だけでなく、「名探偵コナン」などの邦画も公開が延期となった。

実際、日本で現在公開中のハリウッド大作は、クリストファー・ノーラン監督の「TENET テネット」くらいだ。

世界中の映画館と同様、日本の映画館もコロナ禍に苦しんでいる。日本政府は営業停止などの措置は行っていない一方で、経済的な支援もほとんど行っていない。

こうした中で、映画館が観客を呼び戻す絶好の機会に飛びつくのは当然だった。

大手映画館チェーンのTOHOシネマズ新宿は、公開初日に42回、「鬼滅の刃」を上映した。これは日本の映画業界では異例の数字だ。他にも、1日に40回以上も上映した映画館がいくつかあったという。

朝日新聞によると、ソーシャルメディアでは、こうした映画館の上映スケジュールが「電車やバスの時刻表みたいだ」という意見が出た。

公開から2週間がたち、現在では上映回数は平日に20回、週末に30回ほどに減っている。

そしてさらに、現実逃避願望の側面もあるかもしれない。

米タフツ大学のスーザン・ネイピア教授は、パンデミックが何カ月も続く現状では、「もう長いこと味わえずにいる楽しい思いへの欲求が、特に若い人の間でたまっているのかもしれない」と話した。

映画館に行くのは安全?

日本の映画館は現在、飲食物を販売する収容人数50%で、飲食物を販売しないなら満員の観客で、それぞれ営業することができる。後者の場合、劇場内では他者と距離を取る対策は実施されない。

しかし、来場者は全員マスク着用が必須で、館内の会話は禁止されている。映画館の従業員も、フェイスガードなどの防護具を着用している。

毎日新聞が取材した来場者は、「鬼滅の刃」は複数のスクリーンで上映されているため劇場内は人が少なく、感染リスクを心配していないと話していた。

そして日本政府にも、映画ファンを牽制(けんせい)しようとする動きはまったくない。

加藤勝信官房長官は20日の記者会見で、「鬼滅の刃」のヒットについて言及。「新型コロナウイルス禍における映画産業に大きな貢献をいただいている」と話し、自分もアニメシリーズを見たことがあると述べた。

「鬼滅の刃」の恩恵を受けているのは、映画館だけではない。

衣料品から食品、文房具、そしておもちゃに至るまで、あらゆる企業が「鬼滅の刃」旋風に乗ろうとしている。

衣料品大手のユニクロは、「鬼滅の刃」とコラボレーションしたTシャツなどを販売。大手コンビニのローソンも、「鬼滅の刃」のイラストの入ったお菓子などを売り出している。

(追加取材:白石早樹子)

(英語記事 How demon slaying is saving Japan's cinemas

提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-54743544

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