2024年12月6日(金)

DXの正体

2021年1月21日

目にとまった1枚のポスター

 しかも、売上は3分の1まで落ち込んでしまった。従業員の給与を、カードローンで払うほどだったという。何とかしなければと、県の補助金をもらうべく、産業振興センターでの面接に臨んだ。廊下の椅子に座っていたとき、目の前に貼られているポスターが目にとまった。「水で油は落ちる」と書かれていた。

 結局この日の面談で補助金が認可されることはなかった。そんなとき、懇意にしていた税理士の先輩から「地方を中心に、このところコインランドリーの調子がいいらしいぞ」という話を聞いた。確かに共働きが多いなかで、コインランドリーの需要が増えているであろうことが想像できた。そうであれば、「アパートの空きスペースを利用して都市型に特化したコインランドリーができないか?」と、高梨さんは考えた。

 早速、国内のランドリー製造のトップ3である、アクア(大阪市淀川区)、TOSEI(静岡県伊豆の国市)、山本製作所(広島県尾道市)に打診した。しかし、「近くにコインランドリーがあるので難しいのではないか?」というアドバイスをもらった。

 他のコインランドリーにはない付加価値がないと厳しい……。そんなとき思い出したのが、「アトピー性皮膚炎」のことだった。当時1歳だった娘をお風呂に入れるときに、保湿剤を塗っていたが、高梨さんはよくサボっていた。それを発見した奥さんから「アトピーになったらどうするの?」と、叱られていた。「妻に言われて、はじめてアトピー性皮膚炎が先天的なものではないことを知りました。そして、アトピーの人たちは、どうやって洗濯をされているのか調べてみたんです。すると、界面活性剤を使わず、粉せっけんを使用されている方が多いことがわかりました。そうすると、コインランドリーは一般的には液体洗剤を使うため、使用することができないのです。これは何とかできないものかと考えました」

 そのとき、思い出したのが、面談の前に目に入った「水で油は落ちる」というポスターだった。調べてみると、昔は、自動車の油汚れを経由で落としていたが、現在では、アルカリイオン水で落とすことができるというものだった。

 ひらめいた瞬間、高梨さんは産業センターの事務所に電話をした。すると、「いま、市川市で展示会をしていますよ」と教えてもらった。展示会は16時で終わってしまう。同じ展示会に出ていた知り合いに電話をして、アルカリイオン水を製造する会社の社長に待っていてもらえるように頼んだ。

 出会うなり、開口一番「皮脂汚れは落ちますか?」と、尋ねた。「論理的には、落ちますね」という回答をもらった。早速、20リットルを譲ってもらった。

 複数のランドリーメーカーに連絡をしたところ、「泡が出ない洗濯では、お客さんは来ないのでは?」と、難色を示すなか、山本製作所だけが「面白そうですね、やってみますか」と乗ってくれた。実験してみると、落ちていることが分かった。ボーケン品質評価機構でも、評価をしてもらった。

 しかし、課題が残る。アルカリイオン水は、2リットルで3000円もするのだ。「高すぎた」。どうしたら、克服できるか? コインランドリーにアルカリイオン水を製造する装置を付けてしまえばいいのではないか。これがブレークスルーとなって、世界発のアルカリイオン水で洗う、コインランドリーが誕生した。結果的に設備投資額も通常のものよりも300万円ほど高いところまでに抑えることができた。

 その後順調に店舗数を増やし、2016年10月には、特許の取得を機に出場したビジネスコンテストで優勝した。今度は、行政のほうから「補助金とらないか?」と誘いを受けた。審査を受けて、半年後に採用されることが決定した。

 この資金で「スマートランドリー」が開発されることになる。


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