そうした中で膨大な資源を割き、中国やロシアとの軍拡競争を真っ向から引き受けるのは難しい。冒頭で紹介した第三次オフセット戦略はこうした諸々の制約の中で、中国やロシアに対する長期的な優位を確立しようと模索するものであった。
そのための一つの手法として、AIやロボティクス、ビッグデータ解析、宇宙関連技術、3D造形など、米国側に競争優位があると見られていた分野に着目し、技術的な非対称性を利用して戦略全体における優位を獲得しようと試みたのである。また、こうした取り組みを進めるために、国防イノベーションユニット(DIU)の設置に代表される民間セクターとの連携を加速させたのも大きな特徴である。
トランプ前政権の政策はオバマ政権の実績を否定しながら組み立てられていくことに一つの特徴があったが、AIを含むこれら先端技術の開発・利用をめぐる取り組みに限れば、表現は違えども、その多くが踏襲されたといってよい。しかし、それを取り巻く環境は、オバマ政権で想定されたものとは異なり始めており、現在、米国は難しい局面に立たされている。
中国の猛追で揺らぐ技術優位性
バイデン政権が抱える課題
注目すべき環境変化として、当初想定された技術上の優位性が揺らいでいることがある。もとより、技術的優位を利用した戦略形成そのものは、米国の政策史において目新しいものではない。第二次世界大戦後にはソ連の陸軍力に対抗するべく核戦力の強化が進められた(第一次オフセット戦略)。
その後、米ソ間の核戦力が均衡すると、通常戦力のネットワーク化や精密化につながる技術導入が進められ、再び戦力の非対称化がはかられるようになる(第二次オフセット戦略)。第三次オフセット戦略もまた、当初は同様に米国と中ロの間にある技術の非対称性を利用するかたちで進められたわけだが、中国の急速な技術的キャッチアップによってそのような前提が崩れてきているのである。
もっとも、AIについては、第三次オフセット戦略が掲げられたオバマ政権末期には必ずしも実用レベルの技術を保有していたわけではなく、米国政府もそれを自覚していた。16年10月にはAI戦略に関する二つの文書が発表されているが、そこでは広範な論点が提起される一方で、汎用(general)はおろか用途を限定した特化型(narrow)AIですら発展の初期段階にあるとの認識が示されている。だからこそ、米国は民間も含めたAI分野での競争力を高めつつ、それによって国防分野でのAI活用を進めていくという段取りを必要としたのである。
中国に対する米国の公式な脅威認識の変遷を見るにあたり、たとえば毎年発表されている「中国の軍事力」に関する議会報告書は一つの参考になる。そこでは軍民融合への警戒という文脈で17年ごろからAIが取り上げられるようになっており、その後これまでとは逆に中国の技術的リードが問題視されるようになっている。
同報告書に限らず、中国AIの脅威は政府内外で語られるようになり、場合によっては「スプートニクショックに匹敵する」とまで表現されるようになっている。実態がどうかという問題は別にあるものの、少なくとも表向きの議論ではAIの技術的優越に基づく戦略形成という主張はこのあたりから難しくなってきている。
AIの利用方針をめぐる論争もある。冒頭で述べた通り、LAWSに対しては機械が人間を殺戮することへの批判、あるいは機械に意思決定を委ねてしまうことへの懸念は根強く、それは理由は異なれど、世論はもとより政府や軍の内部にも存在する。