色彩の世界の深み
日本の色彩文化には江戸紫、烏の濡れ羽色、浅葱色、瑠璃紺など自然界の色彩を取り込んだ世界があり、お客さんの目も厳しい。顔料の原料を輸入するとなると中国になる。しかし、中国の色彩感覚は原色については得意だが、日本風の微妙な色彩感覚には馴染まないのではないかと不安がよぎった。それでも、あまりにも価格メリットがあったので若気の至りで挑戦してみた。
実際にはじめてみると、ところがというべきか、やはりというべきか、早速「色目違い」でクレームが起きた。輸入したクロムイエローを酸化チタンに混ぜて、短冊状の白い紙に塗り付けて色の違いを標準サンプルと比較する。青味の強い黄色と赤みの強い黄色の標準サンプルを比較しながらどの程度のばらつきがあるのかを判定するのだが、ここで目視検査が必要になる。
日本の目視サンプルを供給側の中国に見せてクレームを申し立てても「どこが違うのか? 同じ黄色じゃないか」と取り上げようとしない。事実、私の眼で見ても全く同じで判断不能だった。そこで中国での交渉結果をお客さんに報告すると、顔料部門の職人に呼びつけられて「この色目の明らかな違いが判らないのか!」とどやしつけられた。
「どこがどう違うのか?」と食い下がったが、平行線のままになり、とうとう喧嘩になりそうになった所で社長が出てきて仲裁をしてくれた。その時に言われた古澤収三社長の言葉が忘れられない。「貴方はまだ若いから判らないだけで慣れたら判ります」。古澤社長は粋な人で遊びも知る人だとの噂を聞いていた。
その日は仕方ないので帰ろうとすると社長曰く、「中村さん、判りますか? 色の世界は本当に難しいものでしょ」と破顔一笑された。それ以来、顔料の仕事は諦めたが、「色」の世界が複雑怪奇であることが理解できたのはかなり後になってからのことだ。
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