2024年6月18日(火)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2012年10月5日

 26日の自民党総裁選を終え、翌27日午前9時25分羽田空港発の全日空機には河野、高村、野田ら自民党所属の会長と、田中夫妻が搭乗していた。しかし「天津上空での軍事演習」を理由に午前11時になっても離陸しなかった。

 8時半発の中国国際航空機は定刻に北京に向かった。ある友好団体会長は「こういう御時世だからか」と頭をよぎった。このまま待っていれば「出発は早くて午後1時、遅ければ3時になる可能性が高い」という状況で、午後4時からの賈慶林との会談に間に合わない。

 前出・会長は機転を利かせて旧知の駐日中国大使館幹部の携帯電話を鳴らした。外交部を通じて航空当局に対して飛行ルートの変更を要請することになり、結局、全日空機はルート変更を決定。3時間以上遅れて午後0時半に羽田空港を離陸した。しかしルート変更が認められるのは1回までで、既にルート変更をしていたトヨタの社用機は2回目を認められず、張は北京に行けなかった。

 中国側は、会談開始時刻を15分間ずらして4時15分に変更。12人が会談場所の人民大会堂新疆庁に到着したのは同18分だった。「賈慶林主席は15分までしか待たない」と中国側はいら立ったが、結局12人はトイレに行ったりして会談が始まったのは25分になっていた。

 あまり尖閣問題を熟知していない賈慶林は前日、猛勉強して頭に中国の立場を叩き込んだ。「中日関係はかつてない厳しい局面になった」などと厳しい言葉を並べた。

「自ら鈴を外せ」と求めた唐家璇

 話を釣魚台迎賓館での唐家璇主催夕食会に戻そう。

 「問題を起こした人が自ら鈴を外す必要がある」。そもそもの原因は野田佳彦首相にあると強調したものだが、これに対して河野洋平前衆院議長は「虎の鈴を外す前に興奮させてはいけない」とたしなめた。一触即発にある今の日中関係を象徴するようなやり取りだ。

 27日、もともと国交正常化40周年(9月29日)に合わせた大規模記念式典が予定されていた。主催者の中日友好協会は23日午前、既に招待状を出していた日中友好7団体幹部に対し、東京の中国大使館経由で「諸般の事情で見合わせたい」と連絡してきた。

 筆者は19日、中日友好協会幹部に電話したところ、同幹部は「今のところは予定通りに開催する」と答えた。歯切れは悪かったが、「友好の象徴である国交正常化の記念式典を中止することはないだろう」と確信した。それがわずか4日後、しかも日曜日に日本側に通知してきたところから、胡錦濤指導部の最終判断として急きょ決定された可能性が極めて高かった。


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