5月8日付のワシントン・ポスト紙が社説で、来年の冬季五輪のスポンサーになった日米の大企業を名指しして、中国の人権問題に対して真剣に取り組むよう警告を発している。大企業に対する社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)に関する要求は年々高まっており、大企業もCSRは事業運営を行う上で当然要求される責任として意識している。ワシントン・ポスト紙の社説は、コカ・コーラやトヨタ、Visaなど、日米を代表する多国籍企業が「人権重視」を社会的メッセージとして掲げていながらも実践を怠っていると指摘し、言葉だけでなく行動で「人権重視」に貢献することを求めている。大企業の経営者は、実際の行動が伴わなければ、メディアやアクティビストの消費行動への影響を通じて、企業イメージのみならず、事業経営そのものに支障が生じることを、これまで以上に意識する必要がある。むしろ「支障が生じるのを避けるために」という受け身ではなく、人権重視を自らの課題として取り組む必要もあるだろう。
ワシントン・ポスト紙の社説は、人権を普遍的な価値として重視することに加えて、米国が中国を最大の戦略的競争者して位置付けていることと無関係ではない。習近平国家主席、バイデン大統領は共に、中国型モデルと米国型モデルのどちらが優れているかというイデオロギー的な競争関係に言及しているが、人権問題は米中のイデオロギー的競争関係の大きな争点である。ポッティンジャー前国家安全保障担当大統領副補佐官が「北京は米産業界に照準を定めている」として、中国が米国企業に圧力をかけることで米国の外交政策に影響を与えようとしていることを指摘したように、米中の対立が先鋭化するに連れて、大企業も政治と無関係ではいられなくなっている。「政冷経熱」の時代は、米中の力関係の変化と共に過ぎ去っており、大企業も米中対立の間で地政学的判断が迫られる場合が増えることは明白である。
日米関係は、安倍・トランプの時代から菅・バイデンの時代になっても、「クワッド」(日米豪印)首脳会議、外務・防衛担当閣僚会議(「2+2」)、日米首脳会談などを通じて、同盟を軸とした強化が継続している。日米同盟が事実上の反中国同盟のような様相を帯びる中で、日米共に大企業の対中ビジネス活動がどのような影響を受けるのかは現状では定かではない。日米首脳会談における台湾海峡に関する言及を受けたワシントンのシンクタンク会合では、日本の政府関係者が「日本は米国と同調して、中国に対抗した共同歩調をとることを決めた」という主旨の発言を行ったところ、日本の大企業関係者は「民間企業はそんなことを決めてはいない」、「わが社は中国に対して政治的な意見は有していない」という声が聞こえた。政府と企業との意向も摺り合わされる必要があろう。
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