補講 北朝鮮入門

2021年4月9日

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礒﨑敦仁 (いそざき・あつひと)

慶應義塾大学教授

1975年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部中退。在学中、上海師範大学で中国語を学ぶ。慶應義塾大学大学院修士課程修了後、ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員、外務省専門分析員、警察大学校専門講師、東京大学非常勤講師、ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。慶應義塾大学専任講師を経て、現職。共編に『北朝鮮と人間の安全保障』(慶應義塾大学出版会、2009年)など。

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

(AP/アフロ)

 北朝鮮が、東京オリンピックへの不参加を決めた。コロナ下で開催への疑問が出されている五輪ではあるが、参加しないと正式に表明したのは北朝鮮が初めてだ。核問題をめぐる米国や日韓両国への揺さぶりという見方もあるようだが、そこまで大きな政治的意味があるのかは疑問だ。金正恩政権がスポーツ重視の政策を続けてきたことや、北朝鮮がこの間に見せてきたコロナへの警戒心の強さを考えると、コロナが理由だと考える方が自然だろう。五輪不参加をめぐる北朝鮮の事情を考えてみたい。

 北朝鮮体育省のサイト「朝鮮体育」が4月5日、前月25日の朝鮮オリンピック委員会総会の結果を掲載した。「悪性ウイルス(新型コロナ)感染症による世界的な保健医療危機状況から選手を保護するため、委員らの提議により第32回オリンピック競技大会(東京五輪)に参加しないことを討議、決定した」というものだった。ちなみに総会は「画像会議方式」で行われたという。リモート会議である。

「コロナが理由」が本当でも不思議ではない

 中国での新感染症発生への北朝鮮の対応は迅速だった。中国の習近平国家主席が感染抑止の「重要指示」を出したのが昨年1月20日だ。北朝鮮の朝鮮中央テレビは21日のニュースで武漢市での新型肺炎発生を報じた。そして北朝鮮は翌22日には外国人の入国を統制しはじめた。

 2月初めまでに中国、ロシアと結ぶ国際列車と航空便の運行が停止された。貨物輸送も陸路は封鎖された。中国との一部の船舶輸送は6月ごろまで続いたものの、7月以降は途絶えたとされる。中露以外の国と往来するルートはないので、事実上の鎖国である。北朝鮮の貿易額の9割を占める対中貿易は、19年に27億8903万ドル(約3100億円)あったのが、20年は5億3812万ドルと8割減になった。特に昨年10月以降の輸出はほとんどゼロに近い。

 中国からの輸入が止まったことで医薬品や調味料など生活必需品が不足し、市場での価格が上昇した。資材不足で運営できなくなる工場も各地で出て、経済全般への悪影響が深刻になってきている。

 さすがに耐え切れなくなったのか、北朝鮮当局も対中貿易の部分的な再開に動いている。3月3日には「輸入物資消毒法」が制定された。輸入物資の増加に備えた措置だ。ただし、厳しい制限は続く模様で本格的な再開にはほど遠い。人的往来の再開はさらに後となるだろう。

 北朝鮮は2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)、2014年のエボラ出血熱、2015年の中東呼吸器症候群(MERS)流行の際にも外国人の入国制限を行った。ただコロナ対応は最初の段階から、今までとは段違いの厳しさだった。医療インフラの貧弱な北朝鮮で新型感染症が流行すれば大変な事態になる。北朝鮮がいまだに主張する「感染者ゼロ」はにわかに信じがたいものの、死者が続出する医療崩壊のような事態にはなっていない。ここまでは危機管理に成功してきたと言えそうだが、それだけに危機意識は高いままだろう。こうした状況では五輪関係者の出入りが「アリの一穴」になりかねないと考えたとしても、それほど不思議ではない。

国際社会への衝撃なく「カード」になるか疑問

 北朝鮮の不参加表明が政治的文脈でとらえられやすい直接的な理由は、韓国の文在寅政権が過度な期待を寄せていたことにある。文政権は最近、米朝、南北対話を再び動かす契機に東京五輪を活用したいと期待感を表明していた。平昌冬季五輪を契機に対話ムードが盛り上がり、南北首脳会談、米朝首脳会談と続いた2018年を再現させたいと考えたのだ。日本から見ると夢のような話であり、まったくピンとこない突飛なアイデアだが、韓国では大真面目に語られる「構想」だった。残り任期が1年しかなく、憲法の規定で再選のない文在寅大統領にとっては数少ない残されたチャンスという事情もあった。

 2018年に何があったかを振り返っておこう。金正恩国務委員長は2018年元日の「新年の辞」演説で、平昌五輪での協力を持ち出して韓国に対話を呼びかけた。北朝鮮は2017年11月に大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15」を発射し、「国家核武力の完成」を宣言していた。軍事的な緊張が高まる中での五輪になりかねなかったのだから、文政権が喜んで対話に応じたのは当然だろう。金大中政権、盧武鉉政権の対北包容政策を引き継ぐ文在寅としては、とりわけ大きな成功体験でもあった。

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