5月21日に行われた米韓首脳会談の最大のテーマは対北政策であった。これに関して、米国のシンクタンクAEIのエバースタット政治経済学担当主任は、5月26日付けニューヨーク・タイムズ紙掲載の論説‘Biden and Moon Are Getting North Korea Wrong’で今回の米韓首脳声明を強く非難している。エバースタットの批判の主要点は、次の3つである。すなわち、韓国の説得を受け入れ、①対北外交の目的を「北朝鮮」の非核化ではなく、「朝鮮半島」の非核化としたこと、②2018年の板門店南北宣言と米朝シンガポール共同声明を確認したこと、③「朝鮮半島の恒久的平和の構築」を是認したこと、である。そして、これでは北が交渉を主導することになり今回のアプローチは失敗する運命にある、と主張する。
辛辣な批判ではあるが、分析のポイントは的確であり、良く理解できる。エバースタットの指摘する問題は、今までも指摘されてきたことである。日米2+2や日米首脳会談では目的は「北朝鮮の非核化」となっていたので、米韓首脳声明で「朝鮮半島の非核化」との表現になったことには意外感を覚えた。「朝鮮半島の非核化」と言うと、北からすれば、危機は北の核開発ではなく、米国による韓国に対する「核の拡大抑止」だという意味になる。北が非核化する前に、米の核の傘が解決されねばならないことになる。
米韓声明を見ると、韓国が「活躍」した2018年の再現を見るようでもあり、危惧もされる。4月末の米国の対北政策レビューの結果発表の際に、ホワイトハウスのサキ報道官は既に、対北外交の目的は「朝鮮半島の非核化」と語っていた。これは韓国の強いインプットの結果であろう。米国のレビュー過程へのインプットにつき韓国は満足の意を公言していたし、文在寅訪米後韓国外務省関係者が「米韓関係に日本が入り込む隙はない」旨述べたとの報道もあった。韓国が情報筋の対北接触の結果として、エバースタットも批判する上記の三つの表現を書き込むことなくしては北との交渉は始まらない、と米国を説得したとしても驚きはない。
ただ、確かに今回はバイデン政権が韓国に譲歩したとの印象は拭えないが、今の最大の問題は北を如何に交渉のテーブルに引っ張り出すかであり、それを考えればやむを得ない。その限度において米韓等の利益は重なっていた。注意深く、一定の柔軟姿勢を北に出すことは必要であろう。いずれにせよ、北の問題を知悉し、経験も豊富なバイデン政権は、トランプ政権下での2018年の米北共同声明のような過ちを犯さないように対応していくものと考えられる。バイデンはトランプの交渉姿勢や手法を否定してきた。その点で、文在寅とは一線を画している。米国による韓国の管理が重要である。声明は、緊密な調整により米韓が厳密に揃えていくことに合意したと述べ、韓国に釘を刺している。日米韓協力の重要性も強調している。
北朝鮮については悪いオプションしかないとよく言われる。その通りであろう。しかし、厄介だが、国際社会は辛抱強く努力を続けねばならない。その間に北が挑発に出ないようにする必要があるし、その時は毅然と対応する必要がある。バイデン政権発足から半年、北も挑発は避けており、種々思考中と思われる。なお、5月31日に朝鮮中央通信は米韓会談後初めて反応し、米韓ミサイル指針終了を二重態度だと批判、文在寅には「うんざりする」と非難した。しかし、北の反応は今のところ総じて抑制的であるように見える。
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