2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2021年6月22日

 急進左派の教師カスティージョ候補と、アルベルト・フジモリ大統領の娘で中道右派のケイコ・フジモリ候補との間で戦われた、ペルー大統領選挙の決選投票は、カスティージョが僅か数万票差という僅差で制したようだ。ケイコ側は不正があったと主張し、票の数え直しを要求したが、覆ることはないだろう。ケイコは、「3度目の正直」となったはずのチャンスを逸した可能性が高い。

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 ケイコは、カスティージョを共産主義者と非難しイデオロギー的な論争を挑み、父親の宿敵であったノーベル賞作家ヴァルガス・リョサや経済界、多くの既存政党を味方につけたが、確保できたのはリマを中心とする都市部の票であった。しかし、ペルーの人口の3分の2は農村・山間部の低所得層が中心であり、政治論争に強い関心は無い。これらの地域では、既成の政治家ではないカスティージョによる無料のワクチン接種等のパンデミック対策や失業対策・貧困対策の強調、ケイコは腐敗しているとのキャンペーンが説得力を持った。

 カスティージョの属するペルー・リブレ党は共産主義政党で、その綱領は、天然資源の国有化等過激な社会主義的施策やリベラルな価値観を謳っているが、この綱領はカスティージョが入党する前にできたもので、カスティージョ自身、選挙キャンペーンで国有化という言葉は使わなかった。本来、ペルー・リブレの創設者である州知事のウラジミル・セロンが立候補するはずだったのが汚職で訴追された結果、いわば代理としてカスティージョが候補者となった経緯がある。従って、同党の筋金入りの強硬派と党綱領に必ずしも同意していないカスティージョとの関係は微妙なものとなる可能性がある。

 もっとも、カスティージョが左派であることには変わりなく、国家権力を強める憲法改正、貧困層への所得再分配、国際経済協定の見直し、対外債務の再交渉、鉱山企業に対する増税、大規模鉱山開発の見合わせや大規模ガス田開発への国家の実質的参画といった政策は進めるので、投資環境上の不安要素は否定できない。

 他方、カスティージョが選挙終盤で発表した「国家への誓約」の中では、任期をもって退陣すること、司法権への不介入、汚職の撲滅、人権・先住民族の権利尊重、治安・テロ・麻薬に対する対策の強化、オンブズマン制度・規制機関の強化など、真っ当な主張をしており、6月7日に発した経済計画に関する声明でも、国有化、為替や価格の管理等の国家の市場への介入政策を否定し、市場の懸念を鎮静化すると共に政策の柔軟性を示している。

 議会では、ペルー・リブレ党は第1党とは言え左派系の党と連立しても過半数には達せず(130議席中37議席に過ぎない)、ただでさえ政治家としての経験が無くその能力が未知数であるカスティージョの課題は、いかに中道、中道右派に歩み寄りつつ自らの政策を実現できるかである。フジモリ派党右派は敗北を認めず、前政権で見られたように閣僚不信任や議員立法等により議会が政権攻撃の権力闘争の場となり、ペルー政治の混乱が長期に渡り続く可能性が高い。

 もう1つの問題が外交である。ベネズエラ、アルゼンチン、ボリビアの左派連合にペルーが加わり、更に11月のチリ大統領選挙でも共産党候補者が有力であること、来年のブラジルの大統領選挙で左派のルーラ元大統領が勝利する可能性を考慮すれば、南米におけるパワーバランスが2000年代のように大きく左にシフトすることとなる。これにより域内諸国の圧力でベネズエラに民主主義が回復される可能性は期待できなくなり、中国も更にラテンアメリカ進出しやすくなり、バイデン政権のラテンアメリカ政策の制約ともなるであろう。

  
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