2024年4月20日(土)

この熱き人々

2012年12月6日

佐伯泰英さん

 「同じ出版関係といっても、僕とは全く縁がない世界ですからねえ。でも、建物も木もみんな消えていくのかなあと思うと、何とか守る方法はないものだろうかって思いました。一部でも譲ってもらおうか……でも一部じゃ歯止めにならない。おそるおそる全部譲り受けることができるだろうかと聞いてみたんです」

 佐伯の惜櫟荘を守りたいという気持ちが通じて、譲り受けることはできた。手に入れてしみじみ眺めてみると、保存するには修復しなければならないということに気がついた。修復するには部分修復か全面修復か。選択肢はどんどん限られてくる。

 「建物を眺めていると、とことん見てみたいという思いが強まってきましてね」

 設計図のない建物を慎重に解体し、補強して、もう一度完全に当初の姿に復元するという、時間も費用も気の遠くなるほどかかる作業に着手したのが08年。完成が11年。

 岩波文庫の隆盛が生み出した建物を文庫が守ったといわれるが、佐伯自身は自らを、惜櫟荘の番人にさせてもらっていると言う。

 「もし熱海に来なかったら、もしその建物が惜櫟荘でなかったら、もし売りに出されることがなかったら、こんな重荷を背負うこともなかったんですけどねえ。建物に呼び込まれたような気がします。それもこれもみんな成り行きです」

 でも、そんな成り行きを飄々と受け入れている。生じた縁を楽しみながら、真一文字に成り行きに突っ込んでいく。出会いに殉じるような潔さが、期せずして出版の常識を破ったり、大ベストセラー作品を生み出す源になっているのかもしれない……そんな気もした。

スペインでの日々

 佐伯の故郷は北九州。新聞販売店の息子は日々活字に囲まれながら、隆盛を極めた筑豊や三池炭鉱が力を失いそれに頼って繁栄していた町が凋落していく様を感じながら育った。組織に属さずひとりで生きていくという姿勢は、この頃に培われたのだろうか。


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