世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2021年7月30日

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Oleksii Liskonih / iStock / Getty Images Plus

 7月7日未明、カリブ海の島国ハイチのモイーズ大統領が私邸で武装集団に射殺された。ハイチは「西半球で最も貧しい国」と言われるが、独裁的権力を振るっていた大統領の暗殺は権力の空白を招き、同国を無政府状態に陥れる可能性がある。

 モイーズは、2017年に大統領に就任した。この1年半の間は、議会の大半を解散させ、選挙で選ばれた全国の市長の代わりに自分の手先を任命して、政令により統治を行なってきた。モイーズは、国家が、無法状態、都市部でのギャングとの抗争、無差別な誘拐と不処罰といった事態に陥ることを容認又は助長してきた。以前より、反対派の抗議行動は街頭暴力とともに激化しており、ハイチが混乱に陥るのではないかという懸念は十分にあった。

 7月15日、ハイチの国家警察は、暗殺は隣国ドミニカ共和国で計画されたと発表した他、大統領の主任警護官と警護員3人を拘束したことを明らかにした。大統領の暗殺の実行犯は、コロンビア人の傭兵とされ、マイアミの米国警備会社を通じて派遣されたと伝えられる。ハイチ出身のフロリダに住む医師が首謀者の1人として逮捕されたとも報じられているが、誰が彼らを雇ったのかは不明である。そもそも、モイーズは上述のような独裁的な統治により多くの敵を作っていたので、何が理由で暗殺されたのかさえわかっていない。

 4月に暫定首相に任命されていたジョゼフ暫定首相は、非常事態宣言を発出するなど大統領に代わり権力を掌握したと主張し、他方、暗殺の2日前に大統領により首相に指名された医師のアリエル・アンリは、就任式はまだ行われてはいなかったが、自らが権力を継承し大統領選挙を実施する旨主張しており、更に、議会は、上院議長を臨時大統領に指名するなど、事態は混乱している。

 ハイチでは、白昼堂々とギャングによる誘拐事件が頻発しており、警察力では最早対応できないとも言われている。米国や国連は当初、ジョゼフ暫定首相を交渉相手として、同暫定首相は、軍事的支援を要請し、米国は、治安維持のための派兵要請について対応を検討中とのことであった。しかし、7月19日には、ジョゼフ暫定首相が辞意を表明するなど、混迷は深まるばかりである。

 ハイチは、破綻しつつある国家であり、2004年から2017年にかけて国連の安定化ミッションが展開されていた。大統領の暗殺が招くと見られる同国のさらなる混乱に対しては、再度国連の平和維持活動を組織し派遣し、治安を安定させ、大統領選挙も管理するしかないのではないかと考えられる。

 ハイチと同じエスパニョーラ島の東側に位置するドミニカ共和国は、経済成長に成功し、中進国に位置づけられているが、ハイチは最貧国に留まっているのは何故なのであろうか。ハイチは、1804年にラテンアメリカでは最も早く独立を宣言しており、一時はエスパニョーラ島全域を支配下に収め、ドミニカはハイチから独立したという経緯がある。また、米国に移住したハイチ人には活躍している人材も多いのでハイチ人に問題があるという訳ではないだろう。

 米国は、かつて20年間に渡りハイチを支配し、国連暫定ミッションも2004年から2017年まで13年間派遣されたが、米国は、自国の政策に都合の良い権力者を支援してきた結果、国民的連帯感や自律的な安定回復の力が育たなかったとの批判がある。トランプ政権は、モイーズが台湾との外交関係を維持し、ベネズエラのマドゥーロを非難する立場をとったことで、モイーズの非民主的統治を黙認した。バイデン政権にとっては、民主化や「良いガバナンス」を推進する外交原則の実効性を問われるケースとなり、同政権の積極的な対応が期待される。

  
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