2024年4月20日(土)

Washington Files

2021年7月12日

 タワーマンションの突然の崩壊を受け懸命の人命救助活動を続けてきた米フロリダ州マイアミの災害対策本部は、惨事発生から14日後の去る7日、いぜん多数の安否不明者を残したまま、救出活動の打ち切りを発表した。米主要メディアも「緊急報」として一斉に大きく報じた。

事故現場のレスキュー隊員たち(AP/AFLO)

 先月24日未明、マイアミビーチ北方10キロのサーフサイド・ビーチにある高級リーゾトマンション「シャンプラン・タワーズ」が突然、崩壊した。わずか12秒間の出来事だった。悲劇に会ったのは、南、東、北向きに立つ3棟(それぞれ12階建て、342戸)のうちの海岸に面した南棟で、他の2棟は無事だった。

 急報を受け、マイアミ・デード郡消防署救助隊、市警察特殊部隊が直ちに出動、途中からFEMA(連邦緊急事態管理庁)機動部隊、さらに外国籍の居住者も多かったことから、イスラエル、カナダ、メキシコなどからの救助班も加わり、下敷きになった居住者救出活動が懸命に行われた。

 現地報道によると、倒壊したビルの大半は完全に「パンケーキ状態」となり、各階の骨組みもほとんど潰れたため、階と階の間の隙間も70~80センチ程度しかなく、救出活動は最初から難航を極めた。

 崩壊後、当日夕刻までに、がれきの中から35人が運び出されたが、そのうちの9人の死亡が確認された。しかし、なお行方不明者152人と発表された。

 事態を重く見たバイデン大統領夫妻も急遽、現場を訪れ、亡くなった遺族関係者に弔意を表するとともに、救助隊員たちを激励した。

 その後も、数百人規模の救助隊員とともに、生存者を探すための災害救助犬、熱画像直視装置、音響探知機、画像探索機、熱センサーライト付きロボット、特殊情報処理車などのハイテク救助装置・用具も投入され、連日24時間体制で懸命の活動が続けられた。

 8日後の4日には、ハリケーン接近に伴い、救出作業が危険にさらされるとして、倒壊しないまま残っていたタワーの残り部分も爆破により完全に崩れ落ちた。

「救出活動の打ち切り」を発表

 しかし、マイアミ市・郡の救出対策本部は7日、それまでの昼夜の捜索にもかかわらず、生存者は一人も見つからなかったことなどから、急遽、記者会見に臨み、生存者はゼロとの判断から「救出活動の打ち切り」を発表するとともに、今後は「遺体収容作業」に切り替えることを明らかにした。

 ダニエラ・キャバ市長は記者団に対し、「神に奇跡を祈りながら、生存者救出に全力で取り組んできたが、万策尽きた。救出rescue段階から(遺体)収容recoveryへと移行する極めて困難な決断を下すことになった」と説明した。

 そして、同日時点の死者は54人、行方不明者86人と発表された(翌8日には、死者64人、行方不明76人となった)。

 記者会見に先立ち、消防署長らが安否を気遣い集まってきた家族、親類たちのために、経緯について非公開の事前ブリーフィングを行った。

 関係者によると、席上、署長は①災害発生後の生死を分ける「決定的72時間」を経過して以来、生存者は一人も見つからなかった②これまで確認された死者の大半は睡眠中のベッドの中で発見された③倒壊したどのフロアも完全にフラットな状態で崩れ落ち、救助隊が入り込む隙間がほとんどなかった④これだけ長時間、水、食糧、空気を遮断された状態に置かれた場合、生命は維持できない―などの点を丁寧に説明したという。

 出席者の間からすすり泣きも聞かれる中で、署長は最後に「現時点において、我々の唯一果たすべき責任は、みなさんにできるだけ『気持ちの整理closure』をしていただくことです」と締めくくった。

 「closure」という英語表現には、特別な意味があり、突然不幸な事態に見舞われた人が、なぜそうなったかを受け入れられず、心理的にも、感情的にも不快、不安定な状況に陥り、そこから抜け出す方法を求める行為を指す。恋仲と思っていた相手から突然、見放されたり、大事にされていたはずの会社の上司から急に声もかけられなくなった人が、気持ちの整理を求める場合などにも、しばしば使われる。「思いを吹っ切ること」「終止符を打つこと」などとも訳されている。

 今回、マイアミの悲劇で、救助活動の現場責任者だった消防署長が、事故に巻き込まれた家族達を前に、残された任務としてあえて「to bring closure」という表現を使ったこと自体、いまだに行方不明となっている人たちの家族や親類の多くが、「救出活動打ち切り」という現実にただちに納得できていないことを示唆している。

 事故発生からちょうど2週間目で「生存者なし」を理由に、「遺体収容」作業に切り替えられたことについて、姉が死体で見つかったことを告げられたという男性の一人は、ニューヨーク・タイムズ紙記者に対し、次のように語っている:

 「救出活動打ち切りを告げられたが、やるだけのことはやってもらった。倒壊せずに残っていた残り半分の建物も破壊され、捜索が行われたが、そこにも生存者は一人も見つからなかった。救助隊から、生存者がいるかもしれないと言われた建物の各階の階段や、地下駐車場の車の中などからも誰も発見されなかった……もう何もない。あるのは、がれきだけだ。残念だが、あきらめるしかない」

 しかし、一方で、老母の行方がつかめないままでいるという別の男性は、ワシントン・ポスト紙記者に対し「救助活動の方針変更自体に格別驚いてはいない」としながらも「そもそも、突然のタワー倒壊の原因も突き止められず、いまだに多くの居住者が行方不明の状態のままでは、(死者に対する)哀惜の手順をまともに始める気にはなれない……答えが出るのにいつまで時間がかかるかわからないが、われわれは今とにかく、どうにもならない状況に追い込まれている」と複雑な心境を告白している。

 また、サーフサイド地区のチャールズ・バーケット区長も「まだ、諦められないでいる人たちもいる。(生存者救出という)ミラクルも起こり得るかもしれない」とコメントしており、マンション居住者関係者たちの反応も一様でないことを裏付けている。


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