ベネズエラではマドゥーロ大統領と反体制派の野党との対立が続いているが、8月13日、マドゥーロと野党の双方の代表者は、メキシコ市において民主主義を回復し人道的危機に対応することを目的とする交渉を開始した。双方の代表は、ノルウェーの仲介により、議題の詳細を含む了解覚書に署名した。政治的権利、選挙の保証、制裁の解除、人権、国家経済の保護を含む7つの議題が議論されることになっている。
今回の了解覚書は、ノルウェーの仲介のみならず、ロシアがマドゥーロ側の、オランダが野党側の補佐役となり、メキシコが証人となる、国際的な枠組みを伴うもので、大きな前進である。更に、覚書によれば、米国、カナダ、英国、トルコ、ボリビアなど10か国程度が「交渉プロセスの友人グループ」としてオブザーバー参加するようである。これらの国は、正式には調整役のノルウェーが招待し発表することとなっている。
8月13日付けのワシントン・ポスト紙の解説記事‘Maduro and Venezuela’s opposition launch fresh talks. He seems to have upper hand’は、マドゥーロがこの交渉には優位な立場で臨むとの見方を示している。確かに野党側は、今回の交渉ではマドゥーロの即時退陣要求を撤回するという大きな譲歩をしている。野党指導者のグアイドは、議員・国会議長としての任期も切れて立場は弱まり、ボリビアやペルーでの親マドゥーロ政権の成立、パンデミックの拡大により内外の求心力を失っている。
しかし、野党側は、そういった状況の中でありながら、この合意により野党側への欧米の支援と交渉当事者としての立場を確認する政治的成果を上げたともいえる。上記の解説記事も、野党側は、合意に至らなくとも、交渉のプロセスを通じて次の二つの目的を果たし得ると指摘する。
第一に、マドゥーロに対する国際的連合が少なくともそのまま維持されることになる。第二に、グアイド派の野党代表者が交渉当事者としてテーブルについているという事実自体が、マドゥーロを含め国際社会が、彼らを依然としてベネズエラの信頼できる政治勢力であることを再確認することを意味する。
マドゥーロも、理論的には野党勢力を無視し、あるいは更に弾圧を強めるといったオプションも無い訳ではなかった。しかし、依然として2000%のインフレ状態といわれ、8月19日には、ベネズエラ通貨を10万分の1に切り下げるデノミを行うなど経済破綻状態にあり、埋蔵原油を裏付けとする仮想通貨の構想も功を奏していない。マドゥーロとしては、とにかく何とか米国による制裁緩和をして欲しいというのが本音であろう。
とはいっても、バイデン政権にとり民主化への実質的な前進無くして制裁解除はあり得ず、マドゥーロも今すぐ自由で公正な選挙を行えば負けることは明らかなので、この交渉が直ちに大きな成果を上げることは望み難い。他方、パンデミック対策への支援は必要であり、了解覚書には、「政治的共存」という言葉が繰り返し用いられており、11月に予定されている州知事・市長選挙に野党側が参加できるような形にして、段階的な制裁緩和を行うというのがあり得るシナリオとなろう。
こわもてのトランプ政権がマドゥーロに対する制裁強化によっても結果的に何ら成果を上げることができず、価値観外交のバイデン政権にとっても実際のところ打つ手がない状況であった。米国は、当面当事者間の交渉を見守る立場となり一息つくことができる。しかし、今後、米国の制裁緩和が交渉進展の条件となることは目に見えており、バイデン政権は、内政上の配慮からも実質的に交渉に関与せざるをえないことになろう。