土居 労働者の賃金を上げることは、首相が命令してできるわけではない。国は側面支援しかできない。企業の役割はポストコロナでより重要になる。まずは企業の価格転嫁力を強化するとともに、経営者が賃金アップを実現していけば、消費も増え、企業も成長し、結果的に国家の税収入も増えるという好循環が生まれてくるはずだ。財政が健全化すれば、社会保障の充実という形で国民にも還元される。今こそ「経営者の英断」が求められる。
櫻田 今までなぜそれができなかったか。我々経済界が「需要」を作り出すことができなかったのも一つの原因だ。いまや資本主義は需要がメインだ。企業が魅力ある商品、サービスを生み出せなかったことにも責任の一端がある。今後の経済界には、そうした観点が必要になる。
手前味噌だが、SOMPOホールディングスでは介護分野でそれを実践している。政府は、2022年2月から介護職などの賃金アップを行う方針を示しているが、我々はそれらに先駆けて、介護職のリーダー層を中心に給与を50万円アップさせることを発表した。現在約8万人のご利用者に対し、従業員が約2万4000人在籍し、来期は430人程度を採用する予定だ。
人材不足の時代だが、多くの方に応募していただける状況にある。賃金を上げたからだけではないと思う。今、介護現場にはロボットを導入し、デジタル技術を磨き、ビッグデータ解析も取り入れ始めている。一方で、従業員には〝人間にしかできない仕事〟に集中してもらっている。サービス産業とは、機械には決してできない、人間の知恵を使うことに価値があるものである。それらが魅力あるサービスの提供につながっている。「こうすればお年寄りに喜んでもらえるんだ」と実感してもらうためだ。
従業員の生産性向上のためには、会社への愛着心やモチベーションのアップが極めて重要だ。賃金アップだけでなく、こうした取組みを多くの人に認識してもらっているからこそ、多くの応募につながっていると思う。目先の利益が一時的に少なくなったとしても、後々必ず結果として返ってくるのではないかと信じている。
国民に分かりやすい言葉で
説明し、選択してもらうこと
――先の衆議院議員選挙を振り返っても、各党とも「分配」の議論が先行し、閉塞した経済を打破する視点が欠けていたように感じる。
櫻田 経営者は自社の置かれた事業環境を他社と比較して見ていく必要がある。競合他社だけではない。例えば、我々の損害保険業界も、昔のように金融業界だけ見ていればいいわけではない。既存の業界秩序やビジネスモデルを破壊する「ディスラプター」は、どの産業から参入してくるかわからない時代に入っている。
過去 30 年間、日本の経済成長は世界の後塵を拝してきた。1990~2020年の名目国内総生産(GDP) 成長率は、米国で 3.5 倍、中国で 37 倍、英仏独は 2 倍強に拡大した(下図参照)。一方、日本は 1.6 倍だ。だが国民全体に、世界と比較して相対的に貧しくなっている感覚がない。
それでは成長のためには何が必要か。それは、「イノベーション」だ。だが、一口にイノベーションといっても、例えば政府のいうそれは何を指すのかが重要だ。プロダクト、生産技術、プロセス、ビジネスモデル、事業のトランスフォーメーションと、さまざまなイノベーションがある。