このうち、日本ではどの分野の、どの企業が力を持っているのか。政府にはマクロ経済のみならず、ミクロの実態をよく見て、よく耳を傾けて、規制改革やファンド組成、税制措置など、民間がトライ&エラーを実行できるような環境を整える具体的な支援を期待している。
例えば、今、私が注目している具体的なイノベーションのひとつが「e-fuel」だ。EVへのシフトというEU が作った土俵で戦うのではなく、日本の自動車産業が誇る内燃機関技術を活用できるe-fuelを成長に向けたイノベーションとすることで、日本の産業の優位性を活用しながら、内燃機関技術者などの雇用を守りながら経済成長につなげる試みだ。政府にはこうした取り組みに支援をしてほしい。
土居 政治の世界では今、「分配」の議論が先行し過ぎている。本当は誰かが「分配の政策に偏りすぎだ」と言わないといけないのだが、残念ながら今の政治家に止められる人がいない。今後はむしろ、そうした思いのある経済界から、具体的な提言を期待したい。
櫻田 経済界としても声を上げていく必要があると認識している。また国民も「分配」の議論が中心となって、将来世代にツケを回していることに気づきにくい。これはぜひ土居先生をはじめとする学者の方々にも、一般の人にわかりやすい言葉で語って頂きたい。
聞こえのいいこと、例えば現代貨幣理論(MMT)の話を聞くと、国民は「税金が不要になる」「借金を返さなくてもよくなる」などと流されやすくなる。MMTの何が問題なのかを具体的にわかりやすく発信しなければならない。
これは財政だけに限らない。エネルギーや安全保障なども同様だ。国民に向けたわかりやすいストーリーが必要で、どちらか一方の意見に偏るのではなく、そのストーリーを示して国民に選択してもらうことが必要だ。私は、日本国民に冷静な判断力が失われているとは思えない。
民間では考えられない
コロナワクチンの在庫管理
――政府は巨額の経済対策でさまざまなビジョンを示しているが、官民連携を進めるにあたっての課題は何か。
櫻田 実行力は細部に宿る。例えば政府の掲げる10兆円ファンドも、具体的に大学の研究室にどれくらいの資金が提供されるのか、抽象的な概念にとどまっている。2兆円の脱炭素資金もそうだ。パッケージになっている。官民でやるべきことを明確に決めるべきだ。
土居 当初は新型コロナの正体が分からず、仕方ない面もあったが、安倍晋三政権後半から、こうした施策や予算全体の金額の桁が増えている印象だ。金額を増やすことや何かを施すことが自らの役割」と認識している政治家が多い。だが、現実の予算をみてみると中身が空っぽのケースが多い。その後の効果検証も不十分だ。特に20年度の補正予算や、岸田文雄政権が掲げた55兆円にものぼる新たな経済対策は象徴的だ。金額は積んだが中身が詰まっていない。
官僚も日々の業務に忙殺され、疲弊している印象を受ける。本来は、政治が大きな方針を示し、官僚がそれに沿うように細部を決めて民間に対し効果が出るように働きかけるのが政官関係のあるべき姿だが、今はそれが十分にできていない。
櫻田 国には、もっと民間の知恵に頼ってもらいたいと思っている。象徴的だったのが、新型コロナのワクチン接種だ。ワクチン接種が始まった初期の頃、十分な供給を強調する政府に対し、在庫が偏在し、自治体によっては接種にまで至らないということが見られたが、なぜあのようなことが起こるのか。
「商品が今、どこに、どれくらいあるかわからない」など、民間では考えられないことだ。こうした在庫管理のシステム一つとっても、「民間の知恵をもっと使うべきだ」と認めて、早々に官民連携を進めていくべきだった。政官ともに、民間の力をもっと信じてほしい。
ワクチンの打ち手もそうだ。米国では早い段階から薬剤師、獣医などさまざまな人たちが連携して迅速に協力した。一方、日本は既得権に縛られており、柔軟な対応ができないことは国民には理解しがたい。(後編に続く)
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