このことからすると、中国は米国本土のミサイル防衛を確実に突破することを目的として、冷戦期にソ連が開発していた部分軌道爆撃システム(FOBS)と、ブーストグライド型の極超音速滑空体を組み合わせた技術を開発している可能性がある。元々、米国本土のミサイル防衛は、大量のICBMによる攻撃を阻止することは想定されていないため、中国がFOBSを配備したとしても米中間の戦略的安定性に大きな変化はない。しかし、アラスカに集中配備されたミサイル防衛を迂回して米国本土を攻撃できるとなれば、中国は大量のICBMによる大規模核攻撃を伴わない形で、米国に限定攻撃を仕掛けるという、これまでにない段階的エスカレーションの一手段を獲得することになる。
ICBMの増勢やFOBSに相当する技術の蓄積を通じて、中国は米国に対して、両国間の相互脆弱性をより公式な形で認めさせようとしていると考えられる。もし米国本土が容易に脅かされるような状況になれば、中国はたとえ危機がエスカレートしたとしても「米国の核使用を抑止できる」との自信を強めるようになり、結果的に、台湾を含む西太平洋地域におけるグレーゾーンや通常戦力の睨み合いの中で、リスクを厭わない行動を取るようになる危険性がこれまで以上に高まることになるだろう。
今、何をしなければならないのか
このように、中国は台湾有事に際して、米国の介入を実力で阻止する能力を着実かつ急速に構築している。そしてそれらの諸要素は、平時・グレーゾーンにおける台湾に対する強制力行使から、通常戦力による対米介入阻止、そして核エスカレーションの管理に至るまで、全てが相互に連関している。
「中国が台湾の武力統一を試みる蓋然性は高くない」という見通しは、ただ単に現状を説明にしているにすぎない。われわれが自らの能力を高める努力を怠れば、そうした前提は近い将来、覆されてしまうだろう。対中抑止の「失敗」を避けるためには、平時の情報収集・監視・偵察能力から、宇宙・サイバー・電磁波領域を含む各種通常戦対処能力を経て、最終的には米国の核戦力にまで連なる「切れ目のない」能力を速やかに強化する以外にない。
現在バイデン政権は、国家防衛戦略(NDS)や核態勢の見直し(NPR)をはじめとする戦略文書を策定している最中にあるが、岸田文雄政権も同様に、22年末までに日本の安全保障政策の根幹となる戦略文書(国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画)を見直すことを表明している。
この点につき、22年1月7日に行われた日米安全保障協議委員会(2プラス2)において、両国は「同盟としてのビジョンや優先事項の整合性を確保することを決意」し、とりわけ日本は「ミサイルの脅威に対抗するための能力を含め、国家の防衛に必要なあらゆる選択肢を検討する」ことを米国に公約した。また両国は、「このプロセスを通じて緊密に連携する必要性を強調し、同盟の役割・任務・能力の進化及び緊急事態に関する共同計画作業についての確固とした進展を歓迎」してもいる。
すなわち、今後日米は、同盟の役割・任務・能力の見直しを行う中で、いわゆる敵基地攻撃能力を含む新たな要素をどのように位置付けていくかを議論していくこととなる。そして、「緊急事態に関する共同計画作業」には、台湾有事を想定した共同作戦計画の具体化が含まれることとなろう。
「ミサイル攻撃後」の対応に注力を
抑止とは、本質的に逆説的な概念だ。抑止の「失敗」を避けるためには、もしも抑止が失敗した場合に、可能な限り損害を限定して、戦争を有利な形で終結させるための一連の戦い方=「セオリー・オブ・ビクトリー」をあらかじめ考えておかなければならない。「平和を欲するなら、戦争に備えよ」という古代ローマの格言は、その本質を端的に表している。
前述のように、凄まじい勢いで増強される中国のミサイル脅威に対し、既存のミサイル防衛態勢による対処が困難なのは明らかだ。緒戦のミサイル攻撃によって、日本の航空基地の大半が無力化されてしまえば、基地機能を復旧させるまでの間、航空自衛隊や米軍の戦闘機の多くは飛び立つことすらできなくなってしまう。
よって、日本に必要な長距離打撃能力を、F-35やF-15などの航空機をベースとした空中発射型のスタンドオフ防衛能力(長距離巡航ミサイル)の延長線上で考えるのは適切ではない。
中国の戦略計算を変えうる「ゲーム・チェンジャー」となるのは、精密誘導が可能な中距離弾道ミサイルと極超音速滑空ミサイルだ。既に中国側が圧倒的な優位を持つ緒戦のミサイル攻撃を防ぐのではなく、滑走路、格納庫・掩体壕、弾薬庫、燃料貯蔵庫、レーダー施設、通信施設、指揮統制システムなどの固定目標を弾道ミサイルによって瞬時に「狙撃」する態勢をとり、ミサイル攻撃に続く爆撃機の発進や、戦闘機による航空優勢の確保を阻止することに注力するのである。