朝鮮半島で再び戦争が起これば、装備も訓練も不十分な北朝鮮軍が米韓連合軍と対等に戦うことはできない。だが、北朝鮮が38度線沿いに配備している通常兵器でソウルに被害を与えることは可能だ。北朝鮮の核開発が明るみに出た1994年に、当時のクリントン政権は核施設への先制攻撃を検討したが、北朝鮮が通常兵器によってソウルを攻撃した場合、数十万人の犠牲者が出ることが予想されたため、攻撃をあきらめざるを得なかった。その後、アメリカは北朝鮮との間で、核開発計画の凍結と引き替えに、軽水炉の提供と米朝関係正常化交渉に合意した(米朝枠組合意)。
このように、北朝鮮は「弱者の恫喝」によって実際にアメリカから譲歩を引き出してきたのだ。
対米抑止力と交渉力の再強化
現在の先進民主主義国では、たとえわずかな人的・物的損害でも政治的には大きなリスクとなり得る脆弱性を抱えている。このため、小国であっても、軍事大国が受容できない損害を与える能力を保有すれば、大国の行動を制約できるようになった。数千発の核戦力と世界最強の通常戦力を保有するアメリカに対しても、ある程度の人命を確実に奪えるだけの通常戦力を保有すれば、小国でもアメリカからの攻撃を抑止することができるのだ。
だが、90年代に比べると、アメリカの精密誘導兵器の精度は飛躍的に高まった。イラク戦争で見られたように、アメリカ軍は、精密誘導兵器でまず敵の意思決定や指揮命令などを行う中枢部や通信手段を攻撃し、敵の戦力を無力化することができる。いざ戦争になれば、北朝鮮の指導部は状況をほとんど把握できず、ソウルへの攻撃も限定的なものとならざるを得ないだろう。その間に米韓は平壌を占領することも可能だ。アメリカの圧倒的な精密誘導兵器を前に、北朝鮮の通常戦力は抑止力としての価値を失いつつある。北朝鮮もこの点は認識しているだろう。
一方で、北朝鮮は核・ミサイル開発の促進により、対米抑止力と交渉力を再強化しようとしている。北朝鮮が核弾頭を小型化し、ミサイルに搭載できるようになるのは時間の問題である。
北朝鮮はこれまで通常戦力を抑止力とする一方、核開発を外交カードとして使ってきた。しかし、事実上の核保有国となった今、北朝鮮は核兵器を外交カードだけでなく抑止力としても使うようになったのだ。戦略ロケット部隊に射撃待機命令を指示したのは、アメリカの通常戦力で攻撃される前に韓国や日本に核攻撃できることを示し、自らの対米交渉力を再強化しようとしているのだろう。