――そうした多様な意見があることを認識しつつ、共通基盤のもとで議論をする新しい政策に必要なこととは?
飯尾氏:ひとつは総合性と分析性のバランスです。広い視野から政策には何が必要かを考えることと、個別の問題に対する徹底的な分析との両立です。まず問題の構造を解き明かし、その上で対処策になる政策を考えるという手順が必要になる。政策のために政策を考えることはよくない。
先ほど、高度成長期までは政策を輸入していたと言いましたが、現在の日本は先進国なので、諸外国の政策をモデルにして輸入しようにも出来ません。そうすると、これから実行していく政策はまだどこの国もやっていないので、確実に効果を期待できるかどうかわからない。そこで、まずどこかで政策の実験をしてみる必要があります。確かに政策実験を行うことで、副作用があるかもしれない。しかし、その副作用を取り除きながら政策の経験を蓄積することが重要です。そういったことをしないといつまでも社会が停滞したままで、進歩しません。
そうした小さな実験をするためにも、新しい政策を国レベルではなく、地方分権により地方レベルで政策展開を比較的自由に行い、それに住民が参加することも一つの方法です。そうすれば、様々な政策に関する経験が、広く蓄積されるのではないでしょうか。
――議論の場として最近では熟議民主主義などが注目を集めています。
飯尾氏:熟議民主主義は非常に重要な試みだと思います。熟議民主主義は、多数決などの手順で結論を出すためだけのやり方との違いを強調します。参加者が事前に必要な情報を提供され、それを勉強したうえで、議論をしながらお互いに高め合い、意見が変化していく。世の中は複雑だから、自らの意見が必ずしも通らないことを普通の人たちが意識することが重要です。少数派も多数派も議論をすることで新しくわかることもある。
こうした熟議の主体として私が期待しているのは、新しいタイプの政党です。確かにネット上で議論をするのは素晴らしいことですが、時にそれが自己満足で終わってしまう。そうした議論を政治に結びつけるために、新しいタイプの政党が必要なのではないか。