2022年8月18日(木)

「子縁」でつながる秋津地域のお父さん 

2013年5月7日

»著者プロフィール
著者
閉じる

岸 裕司 (きし・ゆうじ)

秋津コミュニティ顧問

1952年東京生まれ。広告・デザイン会社の(株)パンゲア代表取締役、習志野市立秋津小学校PTA会長時に秋津コミュニティ創設、会長を経て現在顧問兼秋津小学校コミュニティルーム運営委員会顧問。文部科学省委嘱コミュニティ・スクール推進員、学校と地域の融合教育研究会副会長、埼玉大学・日本大学非常勤講師、ほか。著書に『「地域暮らし」宣言』『学校を基地にお父さんのまちづくり』(ともに太郎次郎社エディタス)、『学校開放でまち育て』(学芸出版社)など。

秋津小学校コミュニティルームに避難してきたお年寄りと秋津コミュニティや日本赤十字秋津分団のボランティアにかけつけた人々

 「グループホームのお年寄りには普通食が食べられない人もいて、お粥、パンなど個別に対応しなければなりませんでした。介助者の手があって助かりました」

 「夕方には寒さが厳しくなるので消防署に連絡して毛布を届けてもらいました。そのほかストーブや簡易トイレなどを運び込んで、なんとか寒さはしのぐことができました」

 市の中央消防署は秋津地域にあることから毛布はすぐに届き、またガスストーブはコミュニティルームにあったのですが、夜通し温め続けることからグループホームから灯油ストーブを運び込んだとのことでした。

 また簡易トイレもグループホームから持ってきました。トイレはコミュニティルームにもあるのですが、お年寄りの中には歩行が困難な人もいることもありすぐに使える簡易トイレが必要とのことでした。

 「コミュニティルームに昨日から泊まっているグループホームのお年寄りと介助者のほかに、二日目の夜は万が一に備えて男性一名が連絡員として交代で待機しました」

お年寄りのお世話をした秋津コミュニティのメンバーなど

 避難者をコミュニティルームでお世話した人々は、「秋津コミュニティのメンバーのほかに、秋津地域から自主的に集まってくれた有志合計13名と日赤秋津分団9名との合計22名」でした。

 「三日目の朝食終了後、すべての避難者が退出できたので、緊急災害ボランティア組織を解散しました。食料品などは先が見えなかったことから多めに調達したため、余った分はグループホームに寄付しました」

 「今回は短期間で避難者が退出できたので赤十字秋津分団の防災積立金でまかなえましたが、今後の災害に備えて地域における食料備蓄や防災体制の見直しが望まれます」と、今後の災害対策を書いています。

秋津小学校コミュニティルーム開設の意義

 このように、たったの3日間でしたが校舎内施設である余裕教室が開放されていたことから、ふだんより使用する住民の自主性・住民自治によりグループホームのお年寄りの避難生活が無事にできました。

関連記事

新着記事

»もっと見る