2022年12月6日(火)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2022年9月17日

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唐木英明 (からき・ひであき)

東京大学名誉教授

1964年東京大学農学部獣医学科卒。農学博士、獣医師。東京大学農学部教授、日本学術会議副会長、倉敷芸術科学大学学長などを経て現職。著書に『不安の構造 リスクを管理する方法』(エネルギーフォーラム新書)。

 ガイドラインには『臨床試験(ヒト試験)の実施方法は原則として、特定保健用食品の試験方法に準拠する。特定保健用食品の試験方法に拠らなくても機能性の実証が可能な場合については、科学的合理性が担保された別の試験方法を用いることができる』と書いてある。

 トクホの試験法とはプラセボ対照試験である。ところがガイドラインに付随したQ&Aには『最終製品を用いた臨床試験(ヒト試験)を科学的根拠とする場合は、試験食摂取群とプラセボ食摂取群との群間比較により肯定的な結果が得られる必要がある』として、それ以外の試験法の採用を規制している。

 トクホ制度が実施されたのは1991年であり、2001年の課長通知文書の前だったので、大部分の健康食品でプラセボ対照試験を使用することができないことを認識していなかった。しかし機能性表示食品制度は15年に成立したので、01年の課長通知文書は知っていたはずである。だからガイドラインは課長通知文書に沿ってプラセボ対照試験以外の試験法の使用も容認している。ところがQ&Aの段階で、この重大な事実が忘れ去られたように見える。

消費者に資する二段階試験を

 実際にプラセボ対照試験が成立しない例がどの程度あるのかについてはデータがないが、試験剤とプラセボが共に有効で、心因作用が有効であることが知られている症状の場合にはその可能性が高い。予備試験においてこの点を検討することが必要と考えられる。もし使用できないときに、筆者が提案するのは二段階試験である。

 第一段階は物質作用(薬理作用)の存在を確認することであり、従来通りのインビトロ試験や動物実験などを実施する。そこで作用が確認されたものについて第二段階の無処置対照試験でヒトへの効果を確認する。

 これはプラセボを無処置に置き換えたものであり、試験期間中の自然の体調変化のみを除外できる。物質作用と心因作用の区別はできないが、物質作用の存在はすでに証明されているので区別する必要はないし、区別できる試験法は存在しない。また無処置対照試験は使用実感に近い効果が測定できるので、使用者の商品選択の参考にもなる。

 健康食品の中で最も問題があるのは科学的根拠を示さない「いわゆる健康食品」である。機能性表示食品が科学的根拠を示したために批判されるのであれば、根拠を示さない「いわゆる健康食品」の方がやりやすいという企業もが出てくる。これは消費者にとって望ましい方法ではない。科学的な正しさの範囲内で事業者が実施しやすい方法を考えることが重要である。

 最後に、筆者は機能性表示食品制度の在り方を検討するための「食品の機能性評価モデル事業」 に協力し、12年に消費者庁に報告書を提出した。当時、検討に使った論文では明確な相加性の破綻は見られなかったため、プラセボ対照試験が使えない例が多数あることに気が付かず、この点について報告書に記載することはなかった。

 この問題が深刻であることを認識したのは制度の発足後に統計の誤用が多いことを知った最近のことである。そして「日経クロステック」が指摘するようにそれは日を追って深刻になっている。今から考えるとプラセボ対照試験を標準にしたことが問題の始まりであり、これについては自らの不明を恥じるとともに、消費者庁には早急なQ&Aの改定を求めたい。

 
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