2022年12月4日(日)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2022年5月16日

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唐木英明 (からき・ひであき)

東京大学名誉教授

1964年東京大学農学部獣医学科卒。農学博士、獣医師。東京大学農学部教授、日本学術会議副会長、倉敷芸術科学大学学長などを経て現職。著書に『不安の構造 リスクを管理する方法』(エネルギーフォーラム新書)。

 「危ない食品添加物一覧」といった特集記事がまた週刊誌はじめメディアをにぎやかしている。これは「無添加」表示を制限する消費者庁ガイドラインへの反発だが、こうした特集は昔から、そしてこれからも繰り返され続ける。なぜなら、人が動物としての本能で「危険である」という情報を求めているからだ。

(udra/gettyimages)

 事故、犯罪、病気……。私たちはあらゆる危険に取り囲まれて暮らしている。そして、だれもがそんな危険に出会いたくないと願っている。その願望は生存本能から生まれ、すべての人が持つ。動物も同じで、ゼロリスク願望を持たない動物は、危険から逃れる努力をしないため絶滅する。

 つまり、危険に出会わないため、どこにどんな危険があるのかを知ることが必要だ。そのために私たちは「危険情報」は絶対に聞き逃さない。他方、「安全情報」には無関心だ。聞き逃しても何の危険もないからである。

 これが、「危ない食品添加物一覧」という特集が展開される理由である。本能として欲する情報だから売れるのだ。逆に「安全な食品添加物一覧」は注目されず売れないから、特集が組まれない。

 動物も同じで、危険が迫ると見張り番が警報を発し、群れの全員が一斉に回避行動をとって危険から逃れる。しかし見張り番が安全情報を出すことはない。警報が出ていないときは安全であり、あえて安全情報を出す意味がないのだ。

危険を避けるための「恐怖」と「不安」の感情

 危険情報を回避行動へとつなぐ脳の仕組みが「恐怖」である。危険なものに出会うと、恐怖を感じて反射的に逃げる。逃げられないときには戦う。恐怖は生存のために必須の感情である。

 出会った相手が危険なものと判断するためには知識と経験が必要であり、それがないと判断できない。戸惑っていると襲われる可能性がある。

 よく分からない相手から自らを守る感情が「不安」だ。これは大きなストレスであり、少しでも早く解消したいと思う。

 これに対し、動物は実に簡単な方法で解消している。山歩きの途中で鹿などの野生動物に出会うと、彼らは瞬時に逃げる。私を危険なものと判断して恐怖感で逃げたのではなく、よく分からない相手に不安を感じて逃げる判断をしたのだろう。

 実は人間も同じで、見たことがない人や新しい技術には不安を感じ、すぐに受け入れることはない。こうして恐怖と不安の2つの感情が私たちの安全を確保しているのだ。

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